前回は,調査票回収率の低下が問題となった平成17年国勢調査を事例に,調査分野における個人情報利用のメリットとリスクを考えた。今回は,データベースマーケティングにおける個人情報保護対策について考えてみたい。

ロイヤリティ顧客の集まる百貨店店頭で発覚した個人情報紛失

 2006年11月7日から8日にかけて,化粧品メーカーのマックスファクターが高島屋京都店と大丸京都店に出店したテナントで,顧客の個人情報を記録したSDカードの紛失が発覚したことが新聞各紙に報道された(大丸「お詫びとお知らせ」参照)。

 高島屋京都店では,2002年6月1日から2004年11月30日までの顧客情報(名前,住所,電話番号,購入履歴など)約7000人分を記録したSDカード,大丸京都店では,2002年9月から2003年8月までの顧客情報約6500人分を記録したSDカードと小型端末機の紛失が確認されたという。マックスファクター,高島屋,大丸の3社は経済産業省に報告し,情報が含まれている可能性のある全顧客に謝罪した。

 化粧品業界では,百貨店,化粧品専門店,美容室・美容院,スーパー,ドラッグストア,コンビニエンスストア,訪問販売,通信販売など,さまざまな販売チャネルがある。その中でも,ブランド・イメージの高揚や女性層の集客に優れ,カウンセリングによる対面販売の強みが生かせる百貨店の店頭は重要なコンタクトポイントであり,平均客単価も相対的に高いのが一般的だ。各メーカーのテナントは,ダイレクトメールやメールマガジンと販売員を組み合わせたマーケティングミックスでしのぎを削っており,付加価値の高い顧客データベースの維持・運用は企業のROI(投資対効果)に直結する課題となっている。

 マックスファクターの場合,物理的対策として従業員が鍵のかかる場所に個人情報を保管。さらに技術的対策として,専用機器と解読ソフト,特定パスワードがなければSDカードの情報を読み取ることができないようにしていたという。両店舗とも,紛失したのは個人情報保護法が本格的に施行される前に取得した個人情報だが,ロイヤリティ顧客の情報が含まれている可能性は高い。信用の失墜,ブランド・イメージの低下など,潜在的損失は大きいはずだ。

マーケティングのPDCAサイクルに保護対策を組み込もう

 化粧品業界に限らず,企業がマーケティング・プログラムを実施する際には,ROIに加えて,製品評価,価格評価,広告・販促効果の評価,配荷評価など,具体的な指標の設定・可視化が求められることが多い。マーケティングにおけるIT投資の場合,集客数,販売金額,顧客満足度など達成目標が明確に数値化されているので,プラス効果がいったん具体的に可視化されると,投資拡大につなげやすい。筆者が経験したマーケティング部門のITプロジェクトでも,小さく始めて成功事例を作り,それを社内への説得材料にしながら大きく育てていくという考え方が一般的だった。

 しかしながら,顧客情報が要のデータベース・マーケティングでは,小さく始める段階から個人情報保護対策を組み込まないと,後々大きなリスクを背負い込むことになる。暗号化,パスワード設定などの対策を講じることなく,顧客情報ファイルを丸裸の状態でパソコンに保存する。あるいは,電子メールに顧客情報を添付して外部送信する担当者は,まだまだ多いのではないか。

 個人情報保護は,マーケティング部門における顧客/消費者を対象としたコンプライアンス対策の一つだ。米国のマーケティング教育では,プライバシー/個人情報保護の問題,クッキー利用の功罪など,企業倫理やコンプライアンスに関わるトピックを取り扱うのが普通だ。日本のマーケティング教育では,その部分がないがしろにされてきた感がある。

 個人情報保護の規格「JIS Q 15001」と同様に,マーケティングの分野にもPDCAサイクルの考え方がある。個人情報漏えいがいったん発生したら,C(検証)の段階で,集客数や販売金額の減少,顧客からのクレーム件数増など,ROIへのマイナス結果が目に見える形で浮き上がってくる。失われた信頼やブランド・イメージを回復させて再びPDCAサイクルを回すには,膨大な時間と労力を要することが多い。

 やはり,PDCAのP(計画)の段階で,個人情報保護をマーケティング施策の一環として組み込むことが必要ではなかろうか。

 次回は,Webマーケティングの分野における事例を取り上げてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディンググループマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/