いまや当たり前の存在になっているが,パーソナル・コンピュータのもともとのビジョンは壮大なものであった。ミサイルの弾道計算に使われていた高価な軍事技術を個人に分け与え,創造性を高めるために使おうというのである。今では想像できないが「パソコンなど絵空事」と思っていた人はたくさんいた。

 パソコンは現実のものになり,家庭に,企業に普及した。特に企業における浸透がすさまじく,パソコンは,大型コンピュータの端末やワープロ専用機を駆逐してしまった。だが,現状はどうか。パソコンが普及して幸せが来たのか。

 パソコンのビジョンを描いたアラン・ケイ氏は「大人はコンピュータを自動的な経理処理の道具として利用する。それはコンピュータの一側面に過ぎないにも関わらず,自分が経験したことを自動化するだけの道具だと思い込んでいる。自分の発想を豊かにする創造的な道具であることを忘れている」と苦言を呈する(「アラン・ケイが描くパソコンの未来像」)。

 しかも創造性を高めるどころか,パソコンは問題を撒き散らしている。情報漏洩,大量導入したパソコンの管理コスト,頻繁なバージョンアップの手間。こうした問題に対処するため,パソコンの自由を制限したり,徹底した管理下におこうという動きがある。それでもいったん自由に使ってしまったものを元には戻せない。パソコンは自由を求めるのである(関連記事「ノートPCを持ち出し禁止にしても逆効果」)。

 現実に,個人が自由に使うパソコンと,企業内のパソコンの境界は曖昧になっているという調査結果が出た。仕事を家に持ち帰るためである。

 こうした状況を踏まえ,「従業員所有PC」という大胆なアイデアが登場した。企業が従業員に一定金額を支給し,従業員が自分で選んだパソコンを購入し,保有する。従業員はこのパソコンに創造性を高めるソフトを自分で入れ,自由に使うとともに業務にも利用する。この結果,会社所有のパソコンは消滅する。ここまで自由にさせたとき,管理はどうするのか。従業員の自己責任が原則である。自分で責任をとれない従業員は,会社から見捨てられかねない(「会社がPC音痴を見捨てる日」)。

 自己責任が原則なのだが,企業も従業員を守ろうとしている。システム管理者の仕事は違反者を摘発することではなく,パソコンの自由を守るである(「クライアント管理は『取り締まり』じゃない」)。

 パソコンを支えてきたインテルとマイクロソフトもこうした潮流を認識し,関連した技術を用意している。例えば,インテルは1台のパソコンを論理的に2台のように使える技術を出した。これを使えば,個人用であり企業用であるパソコンを実現でき,データやソフトは混在しない。

 マイクロソフトは,新しいOfficeソフトにあえて「System」という名称を付けた。これは,個人が利用するOfficeソフトの価値を最大限に発揮するためには,裏側にシステムの仕掛けが必要というメッセージである(「マスコミが報じない新Officeの狙い」)。

 パソコンではなく管理された端末でよいとするにせよ,パソコンの自由を認めながら適切に管理し,個人がもっと創造性あふれる仕事と生活ができるように取り組むにせよ,インテルやマイクロソフトの動きを知っておく必要がある。

 こうした問題意識の一環から,『Enterprise Office』と呼ぶ特番サイトを本日から開設した。単なるオフィス・ソフトではなく,もっと大きな,個人同士のコラボレ-ションや,企業間の情報流通を支援する仕組みとして新Officeをとらえ,その実態を検証していきたい。『10年振りの大変革,その成否』という連載をはじめ,Office Sysytemの技術解説,ユーザー事例,Office Systemと連携する他社ソフト紹介,など多面的なコンテンツをお届けしていく。