マイクロソフトは11月30日,オフィス・ソフトの新バージョン「the 2007 Microsoft Office system(Office 2007)」をリリースする。既に多くのメディアで,Officeのユーザー・インターフェース(UI)が一新されることなどが伝えられており,Office 2007に興味を抱いている読者も多いことだろう。その一方で,「Officeソフトの新バージョン」と聞いても,心が動かない読者も少なくないはずだ。

 少し古いが2005年2月に「日経Windowsプロ」が実施した読者調査では,企業ユーザーに最も多く使われているOfficeソフトのバージョンは「Office 2000」だった。つまり,多くのユーザーが「Officeソフトの機能は現状で十分」と思っており,バージョンアップしていないのが実情である。

マイクロソフト最大の挫折

 そもそも,現在使われているOffice文書フォーマットは,1997年に出荷された「Office 97」で採用されたものであり,10年近く変化していない。文書フォーマットが変わっていないから,Officeで作成できる文書の中身も,この10年間本質的に変化していない。「文書作成ソフト」として見たOfficeは,10年前に完成していたということだ。だからこそ,「Open Office」や「Google Docs&Spreadsheets」といった,Office文書フォーマットと互換性のある無料Officeソフトが登場する余地があった。

 Office 97以降におけるマイクロソフトの最大の挫折は,Officeを「文書作成ソフト」としてしか,ユーザーに使ってもらえなかったことにある。だからこそユーザーは,「Officeに進歩が見られない」「Officeの機能はもう十分」と思っている。

ユーザーを縛るOfficeソフト「二つの限界」

 しかし,Officeは今の機能で本当に十分なのだろうか。Officeの現状をよく考えると,ユーザーは大きく二つの「限界」に縛られている。ユーザーの「今のままで十分」という声の背景には,この限界へのあきらめがあるのではないか。

 一つ目の限界は,Officeがとにかく使いにくいことだ。Officeを使いこなすために,ユーザーは分厚い教科書を読まなければならない。Officeに勉強が必要なのは当然とすら思われているが,本来,非常に不自然な話だ。

 二つ目の限界は,Officeと企業の業務システムの断絶である。

 一例として,Excelには高度なデータ分析機能が備わっており,「ピボット・テーブル」のようなクロス集計ツールを使えば,数クリックで請求データの履歴から顧客別売上高を集計できる。しかし,データ分析機能を使うためには,「分析するデータ」が必要だ。販売管理データや顧客データなどは通常,情報システム部門が管理する業務システムに蓄積されている。

 業務システムに蓄積されたデータをエンドユーザーに届けるのは,思ったほど簡単ではない。業務システムのデータは,それぞれの用途に合わせて正規化されており,エンドユーザーが二次加工できるような形で蓄積されていない。CSV形式で抜き出すにしても,情報システム部員の作業が必要だし,セキュリティ上の不安も付きまとう。これらの問題を解決できるビジネス・インテリジェンス・ツールは高価で,大企業でなければ手を出せない。

 逆にエンドユーザーがWordやExcelで作ったデータが,業務システムに届いているとも言い難い。エンドユーザーがWordやExcelで作った申請書や注文書は,定型化されたデータではなく,あくまでWordやExcelの独自ファイルである。ただの紙の代わりにしか使えない。だからといって,申請書や注文書に入力したデータをコピー&ペーストで業務システムに移し替えるのは,あまりに非効率だ。

 これら2つの限界は,かねてからあった。しかし,ユーザーが個人の努力で限界を超えようとしても,それこそ限界がある。マイクロソフト自身も,この限界の打破に挑んでは,失敗し続けてきた。

 例えば,悪評高い「イルカ」は,一つ目の限界を解消しようとしたものであった。しかし,このヘルプ・アシスタントを本当に使っているユーザーはいるだろうか?()。

図●従来のOfficeに見られる敗北の象徴

 Office 2003で追加されたXMLフォーム作成ツール「InfoPath」は,二つ目の限界である業務システム連携を強く意識していた。しかしInfoPathで作成したXMLフォームは,ExcelファイルでもWordファイルでもなかった。結局,InfoPathもユーザーに受け入れられているとは言い難い。

Office 2007で目指す限界の打破

 Office 2007が従来と異なるのは,マイクロソフトがOfficeの根本を10年振りに革新することで,これらの限界の打破に本気で取り組んだことである。

 マイクロソフトはOffice 2007でUIを全面的に刷新し,「結果指向」のUIを導入した。結果指向のUIとは「ユーザーが使い方を学習しなくても,どういう結果が得られるか一目で分かるUI」(同社Office製品マーケティンググループの田中道明マネージャ)である。Office 2007では,従来のメニューとツールバーが廃止され「リボン」が取って代わる。このUIの刷新は,実は「10年振りの革新」ではなく,「Word 1.0」以来の「20年振りの革新」でもある。

 驚くのは,Office 2007で従来のUIが使えなくなっていることだ。米MicrosoftでOffice事業を統括するCorporate Vice PresidentのChris Capossela氏は,「従来のUIは残しておきました。それはOffice 2003です」と言い切った(関連記事:マスコミが報じない新Officeの狙い)。「古いUIが必要な人には,Office 2007を使ってもらわなくて結構」と言う姿勢である。

文書形式をXMLにした真意

 Office 2007の標準文書形式は,独自バイナリ形式からXML(拡張マークアップ言語)ベースのものに変更される。標準文書形式の変更は,10年振りのことになる。

 WordやExcelの文書形式がXML形式になるということは,WordやExcelのファイルを,そのまま他のアプリケーションに投入できることを意味する。XMLタグはすべて公開されているので,もはやアプリケーションの側でWord/Excelファイルを解析する必要はない。業務システムとの連携が,かつてないほど容易になる。

 業務システムに蓄積されたデータをエンドユーザーに届ける役割を担う機能も強化する。それが「SharePoint Server」だ。SharePointは元々「企業情報ポータル」として発売されたサーバー製品で,これまで共有できたのは文書ファイル程度に過ぎなかった。しかし「SharePoint Server 2007」では,「ITリテラシーの高い従業員が作成した,Excelで使うデータベース検索クエリ」といった,従業員の「ナレッジ」まで共有できるようにする。

狙いは「働き方」の革新

 マイクロソフトが従来のOfficeの枠に収まらない「新しい働き方」を,Office 2007で提案しようとしている点も,注目すべきだ。

 現在多くのユーザーが「自宅のパソコン」で,インスタント・メッセンジャーを使って友達と簡単に連絡を取り合ったり,携帯電話でいつでもどこでも写真やメッセージをやり取りしたり,「mixi」のようなソーシャル・ネットワーク・サービスを使って人脈を広げたり,「ブログ」を使って情報発信をしたり,「Wiki」を通じて情報共有したりしている。

 こういった新しいコミュニケーション手法を,業務の効率化に役立てている企業は,まだ少数派だ。そこでマイクロソフトはOffice 2007で,インスタント・メッセンジャーや携帯メール,ソーシャル・ネットワーク・サービス,ブログ,Wikiを企業システムに取り込むことを目論んでいる。MicrosoftのCapossela氏は「優秀な大学卒業者は,新しいテクノロジーに寛容な企業に入社したいと思っています。新しいコラボレーション・スタイルを採り入れず,『IMは禁止』なんて言ったとしたら,若い人はついてきません」と訴える。

Officeに進化は必要なのか

 Office 2007は「文書作成ソフト」として見ると,「使いやすくなる“かもしれない”新バージョン」に過ぎない。しかしそれ以外の部分には,明らかに進化しようとする動きが見て取れる。

 本連載「10年振りの大革新,その成否」では,マイクロソフトがOffice 2007に組み入れた様々な進化を,詳しく解説していく。あなたにとって,そしてあなたの企業にとって,Officeの進化が必要か否か,ぜひ見極めて頂きたい。