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前回までは,企画の必要性や概要について解説した。今回から数回にわたり,企画の前工程*1の中で避けて通ることができない,Webサイトとそれ以外の媒体におけるビジュアル・デザインの共通化の問題について取り上げる。すべての媒体でイメージを統一するには,CIおよびVI*2への理解は必須である。
*1 第1回の図1「企画に際して必要な最低限の作業」参照。 *2 CI(コーポレート・アイデンティティ)は,企業哲学や商品の開発方針を,商標やサービスマークによってシンボライズし,広告宣伝・販売促進効果を実現するための,ブランド・イメージに関する定義。VI(ビジュアル・アイデンティティ)は,CI中の視覚的表現に関する定義。「アイデンティティ」という名の通り,企業や商品に対して,コントロールに対するIDやデータベースに対する主キーを振るのと同じ行為だと考えればよい。CIは,企業や商品の識別子として,社名/ブランド名,ロゴ,キャッチ・コピー(テキスト)を用いる,主要なマーケティング手法の一つである。 |
これらの作業は,技術者出身の小規模事業者には,あまりなじみがないかもしれない。最近では,技術者ながらデザイン・ソフトを使いこなす人や,デザイナー顔負けのセンスを発揮する人も増えているが,広告宣伝や販売促進の視点から,顧客や商品の「イメージの統一」に配慮してWebデザインをしている人は,さほど多くはないだろう。
技術系事業者がよく手がける,Webアプリケーションの機能追加やデータベース構築では,第1に正確な動作,第2にWebページのGUIが重視される。そのため,Webサーバー内にあるファイルに対してのみ,色やレイアウトが統一されていれば安心してしまうかもしれない。しかし,イメージの統一とは,Webサイトに限定される仕事ではない(図1)。
図1●ブランド・イメージは,Webサイトの中だけに留まらない |
新会社の設立,新店舗や営業所や事業所の開設,経営陣の交替,新規事業展開を機に,ロゴを新たにしてWebサイトを制作あるいはリデザインする顧客が少なからずいる。そのようなイメージ一新の仕事を請ける場合は,Webサイトだけでなく,商品カタログ等の印刷物から,パッケージ,広告といった,他の媒体にも目を向けなければならない。
小規模事業者にとっては,守秘義務や工期の問題から,顧客の企画会議への参加は難しいことが多いのだが,本来,新規制作やリデザインに際しては,社名変更や商品開発等のコンセプトワーク段階からかかわることが望ましい。
あらゆる媒体でイメージを統一するための最も基本的な方法は,ロゴ(ロゴマークおよびロゴタイプ,あるいは両者の組合せ)の共用と,コーポレート・カラーをキーとするビジュアル・デザインだ。まずは,Webサイトの顔であり,CIとVIのいずれでも定義される「ロゴ」にまつわる問題について見ていこう。
ロゴを基本に,他の媒体との統一感を保つ
ロゴマーク&ロゴタイプは,Webサイト用にデザインしたものを基本として,他媒体のいろいろなアイテム向けに展開することになる。次に,アイテムの一例を挙げる(リスト1)。
Webサイトとのイメージの統一を考えるべき他のアイテムの例
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リスト1● |
以上のうち,※は,ビジュアル・デザインには無関係だが,コンセプトやコピーなど,内容の連動が必要とされるものだ。例えば外食産業など,店舗での展開をしている場合,箸袋から食器,メニューにいたるまでWebデザインとの連動が必要になる。
なお,TV CF,企業プロモーションVTR,ローカル局がしばしば制作する企業紹介・製品紹介・求人等のTV番組については,Webサイト上に掲載するFlashアニメーションや,MPEG動画との連動が考えられる。
Webサイトに掲載するFlashアニメーションの企画制作が先行する場合は,Webサイト開設後に他の媒体への展開が生じる可能性もある。そのためFlashの企画段階では,絵コンテやシナリオを作成して保管しておいたほうがよいだろう。他媒体の制作陣(プロデューサーやシナリオ・ライター)への説明が容易になると考えられるからだ。
このような例をあげると,器用な人やデザイン・センスのある人は,未経験者でもやれば出来る!という感覚を持ってしまいがちになる。ところが,これら他媒体の企画制作は,Webサイトの企画制作とは似て非なるものだ。それぞれの媒体特有の経験やノウハウが必要となる。
例えば,広告では費用対効果の結果がシビアに求められる。TV,ラジオ,新聞については広告代理店を通す必要があり,費用対効果を考えて,掲載枠や放送時間帯や回数を検討する必要がある。チラシについては折込料金の折衝も発生する。
印刷物もフォント・紙質・面付けといった種々の条件を考慮しなければならず,DTPソフトの操作技術だけでは制作できない。平面印刷とシールと立体印刷は手がける会社が異なる場合があり,パッケージなどは抜き型から作る場合もある。文章と図だけ作成すればよいように見えるマニュアル類も,単に文章を書けばよいわけではなく,構造化と伝達のノウハウが必要だ。
屋外看板にいたっては自然災害に耐える必要があり,素人加工では台風や道路事情によっては人命にかかわりかねない。パソコンの画面上のビジュアル・デザインと,設計は異なる。
これらの作業は,プログラミング同様,経験してみなければわからない部分が多い。Web技術以外未経験の独立組が実務まで担うのは荷が重過ぎるし,危険だ。
したがって,すべての媒体においてコピー,カラープラン,内容も連動させ,統一感をかもし出すには,技術系事業者が自力で奮闘するのではなく,外部に協力者を求めたほうがよい。つまり,小規模事業者同士のコラボレーションである。
各実務の専門家とプロジェクトを結成するにせよ,外注するにせよ,コミュニケーション不全は避けなければならない。小規模事業者は,企画からイラスト,デザイン,コピー,Webアプリケーションの(実装を理解したうえでの)基本設計までの一連の作業について,最低限の知識だけは身に付けておいたほうがよいだろう。
技術系事業者が,デザインワークの協力先を探す際のポイント
技術系の事業者は,SOHOの団体やSNSを通じて,CIや他媒体の企画経験があるメンバーと,コンタクトをとることから始めてみよう。デザイン系の小規模事業者とパートナーを組んで末永く付き合い,宣伝やデザインと開発の作業を融通し合いながら,少しずつ双方の作業について経験を積んでいけばよいのではないだろうか。
技術系事業者が,「イメージの統一」目的で,デザイン系の協力者を探すには,二つのポイントがある。
1) 純デザイナーよりも,アート・ディレクション経験者が望ましい
技術系の事業者には,どのような媒体であれ,ビジュアル・デザインにかかわる仕事を手がける人はすべて「デザイナー」だという認識を持っている人もいるが,それは違う。
特急案件のロゴデザインだけ,Webサイトに掲載するカタログPDFだけ,Flashのバナーのデザインだけといった単体の作業であれば,純デザイナー(素材制作や配色やレイアウトの専門家)出身の事業者に頼めば,クールな仕事をしてくれる。
しかし,イメージの統一は総合的な作業である。純デザイナーには,各社の商品カタログを手がけるといった「作業別=縦割り作業」の経験者が多いので,広告宣伝と販売促進に広く通じていないことがある。
総合力の必要な仕事を依頼するなら,純デザイナーよりも,アート・ディレクション経験者のほうがベターだ。
アート・ディレクターは,担当する顧客の営業窓口から,あらゆる媒体の企画制作のリーダーシップをとる「顧客別=横割り作業」を経験しているオールラウンドプレイヤーなので,少なくとも,先に挙げたリスト1の大半には通じているはずだ。
ただし,技術者同様,複数の役割を兼務していた人も少なからずいる。特に地方の事業者では,職業名から仕事内容を分かってもらいやすい「Webデザイナー」を名乗っているアート・ディレクター出身者もいるので,ウマの合いそうなWebデザイナーを見つけたら,実務経験を尋ねてみるとよい。
2) 同業者ネットワークと,実務のバックアップ体制を見極める
小規模事業者は,企業体と比べて受注量に限界がある。SOHOの組合員名簿などで,デザイン系事業者にアタリを付けて気軽に打診したら,作業が満杯で受注不可能な場合もある。
ことイメージに関する仕事では,例えば2~3週間かかる仕事を数日で済ませるといった無理な工期で作業を強行すると,例外がないわけではないが,まず良い結果は生まれない。また,同じ「デザイン」という仕事であっても,Webと非Webの媒体(例えば印刷物)の制作実務を一人で同時進行することは難しい。
あらゆる面においてWebはダイナミックだが,非Web媒体はスタティックである。非Web媒体では訴求対象の範囲を発信側が決められるし,ユーザーの使うOSやブラウザのバージョンアップといった流動性を考慮する必要もない。実務においても,両者の併行作業では,カラーモデル(WebはRGB,印刷媒体はCMYK)や解像度やフォントが異なる。
このような併行作業を,少人数短納期でこなすと,ミスを誘発しかねない。だから,協力依頼先の事業者が自ら実務の大半を手がけるのではなく,ディレクションのみ担当して,実作業は外部の純デザイナーに依頼できるバックアップ体制を持っているかどうかを見極めておく必要がある。
純デザイナーでは独立後も元勤務先から仕事を得ている人も多いが,アート・ディレクターの場合,独立開業は暖簾分けと誤解されがちだ。そのため,勤務時代に協業していたデザイナーやカメラマンやコピーライターとの関係が継続していないことがある。以前の勤務先のネットワークをもって何とか引き受けてくれるだろう,などと気軽に考えてはならない。
以上の2点に留意して協力依頼先の目星を付けたら,発注可能性が固まっていなくても,事前に仕事を匂わせて打診しておくとよいだろう。
ビジュアル・イメージにかかわる仕事では,例えば60時間を要する作業だとすれば,1日30分~1時間ずつ2カ月をかけて仕上げる,というスタイルをとることは難しい。一つのテーマを抱えたら,最低でも1~2週間は1日数時間以上,そのテーマに注力してもらう必要がある。事前に作業依頼を匂わせておけば,受注困難な時期でも,代行できる人材探しに協力してくれるだろう。
顧客との温度差と理解の差を埋めよう
もっとも,小規模事業者側が,いくらブランド・イメージに関する知識を身に付けても,顧客側にイメージ統一の重要性に対する意識の薄いこともある。そのようなケースでは,CIに対する顧客の意識を変えてからWeb制作に臨まなければならない。宣伝効果を発揮させるためにも,ビジュアル・イメージを固めるのは,顧客と事業者の間で,コンセプトにコンセンサスを得てからだ。
筆者が,間接的に悲惨な例を見聞きしたところでは,次のようなケースがある。
顧客がフリーの画像ソフトでゴミいっぱいのJPEGロゴや,ワードアートでカラープラン無視のロゴを自作して,使ってほしいと言う。
ロゴはプロに頼むが,ホームページは,それが趣味の顧客側スタッフに作らせると言う。そこでロゴデータを渡すと,色や書体,ひどい場合はロゴの天地左右の比率まで,顧客の好みに変更される。
また,サイトは新調するがロゴは既存のものを利用してほしいというケースがある。それ自体は当たりまえのことだが,加工可能なオリジナルのデータではなく,拡大に耐えられない小さなビットマップ・データや既存の印刷物を渡されて,それらからロゴ・データを作ってほしいと言われる。これは筆者も経験しているので,ままあることかもしれない。
こういう顧客相手に,CIについて説くのは頭が痛い仕事だが,説得しなければWebサイトのデザインも悲惨な結果になってしまいかねない。
こんなときに有効なのが,CIマニュアルだ。話し言葉や,メールの文面だけで伝えるよりも,文書化して印刷されたマニュアルを渡して対面で説明する行為は,その場の雰囲気によって重要性を認識してもらうという意味で説得力を持つ。
CIマニュアルを顧客に渡し,よくよく使い方を言い含めておけば,顧客においても,顧客の取引先(印刷会社など)においても,異なる色で表現されたり,誤った使い方をされたりする事態は避けられる。
次回は,このCIマニュアルも含め,具体的な作業について解説する。
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