現在多くの読者が「Windows Vista」にアップグレードするか否か,悩んでいることだろう。読者の最大の不安は,Windows Vistaがそれ以前の様々なもの,つまりドライバやハードウエア,アプリケーションなどを破壊してしまうことである。だがちょっと待ってほしい。Windows Vistaがそれらのものを破壊してしまうのには,それなりの理由がある。その理由とは,セキュリティである。

 Windows Vistaにおけるセキュリティの強化が,様々な互換性を損なう恐れがあることについては,今までもさんざん耳にしていることだろう。ここでは一歩下がって,その根本的な理由を考えて頂きたい。Microsoftは,Windows Vistaを何のために開発したのだろうか。またWindows Vistaの開発が5年もかかったのはなぜだろうか。

 Windows Vistaの開発にかかった時間のほとんどが,Windowsをまさに一から構築しなおす作業に費やされた。Windows Vistaを少しでも使ってみれば,その機能のほとんどがWindows XPとほとんど同じであることに気づくはずだ。それでも,これはもはやWindows XPではない。

 成熟した製品を設計し直し,新しいソフトウエアを開発した理由を探すのは簡単だ。過去2~3年に起きたセキュリティ事件によって,Windows XPが優れた製品でないことが,明らかになった。現在,Windows用の新しいセキュリティ修正プログラムが,毎月リリースされており,毎月第2火曜日(日本の場合は翌日)には,世界中のオフィスから悲鳴が聞こえてくる。

 MicrosoftはWindows Vistaを一から書き直すことで,こうした事態を変える必要があった。Windowsの設計者は,「セキュリティを向上させれば互換性が低下する」という非情な方程式に直面せざるを得なかった。OSを真にセキュアなものとするためには,Microsoftは古いアプリケーションを動作させたい既存のユーザーの怒りを買わなければならなかった。多分Microsoftも,互換性の低下は避けて通りたかったはずだ。それでも,2003年8月に発生したBlaster事件が,Windowsのセキュリティ面での信頼性を失墜させる,とどめの一撃となった。

古いドライバが動かないWindows Vista

 Microsoftは,プリンタ・ドライバをカーネル・モードで動作しないよう再設計したので,古いプリンタの一部はWindows Vistaでは使用できない可能性がある。64ビットのWindows Vistaは,カーネル・モードで動作するドライバのすべてに,デジタル署名を必要としている。Windows Vistaのデバイス・サポートは,Windows XPやWindows 2000で動作する豊富なデバイスの種類と比較すると,少なくとも最初のうちは十分とは言えないだろう。なぜならWindows XP用のすべてのドライバが,32ビットと64ビットのどちらのWindows Vistaでも役に立たないからである。

 管理者権限を必要とするアプリケーションを実行することは,Windows Vistaでさらに困難になり,全く実行できない可能性もある。Windows Vistaに組み込まれている,ファイルとレジストリの仮想化機能を使用すれば,動作する可能性は残っている。それでも,「Microsoft Desktop Engine(MSDE)」が必要なアプリケーションは,SQL Server 2005 Express Editionを使用するように再設計する必要がある。これは不可能ではないが,SQL Server Expressについて知識が要求される。

 さて,Windows Vistaにアップグレードする理由は何だろうか。「Aero Glass」の透けて見えるウインドウ・システムに決まっている---というのは,もちろん冗談だ。

 筆者は,Windows Vistaにアップグレードすべき理由とは,「セキュリティを第一に考え,その次に互換性を考慮した」Windows Vistaの設計によって,パッチの適用回数が減り,ユーザーのシステムからスパイウエアを除去するために費やされる時間が減り,少なくともパッチ・ガード機能が搭載されている64ビットのWindows Vistaならルートキットに関する心配が減ることであると考えている(もちろん,64ビット版Windows Vistaをターゲットにした「Blue Pill」という,カーネル・コードを書き換える手法があることを知っている。それでも,ユーザー・アカウント制御(UAC)を回避してBlue Pillをインストールする方法が明らかにならない限りは,Blue Pillが原因で眠れぬ夜を過ごす事態にはならないだろう)。

 最後に,Windows Vistaの互換性に関する筆者の意見を示そう。筆者は,Windows NT 3.1がリリースされたときに,これをすぐにデスクトップOSとして使用し始めた。ご存知の通り,Windows NT 3.1はWindows 3.1よりも遅く,Windows 3.1で動作するプログラムの多くが動かなかった。しかし筆者は,より安定したアーキテクチャが気に入り,アプリケーションの非互換性を克服しようと努力した。

 最終的に,筆者は自分の取った行動が正しかったと思う。2~3時間おきにOSを再起動したり,2~3カ月ごとにOSを再インストールしたりする必要がなくなったからだ。Windows Vistaへの移行は,間違いなく面倒な作業だが,少し時間が経てばWindows Vistaに対応したハードウエアやソフトウエアが出そろい,セキュリティの問題で頭を悩ます機会も減るだろう。恐らく2010年になれば,過去を振り返って「ワームやトロイの木馬を覚えているかい。昔はあんなに大変だったのが信じられないね」と言えるような日が来ると信じている。