標準ルールを埋め込む

 例えば「支払うべき債務がなければ出金ができない」「取引先の与信限度を超える出荷指示は計上させない」といったルールがシステムに実装され、ルールを逸した取引は実行できなくなった。こうしたルールの順守は当たり前のことに見えるが、世界各地でビジネスを展開し、様々な商習慣を受け入れる過程では、この「当たり前」を徹底できていないこともあったという。

 標準プロセスを定義するため、MAIN-21の企画時からBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)の活動を実施し、丸紅グループとしての「あるべき業務の姿」を見直していった。またR/3の仕様に合わせ、「本支社間での取引を売り上げ計上する」といった特殊な商習慣を撤廃するといった措置も行った。

 この過程ではグループ企業の幹部などから「独自の文化を否定するのか」「このプロセスではビジネスに支障を来す」と反発を受けることもあったという。しかしMAIN-21を推進したCIO(最高情報責任者)の水野勝副社長(当時)らが啓蒙用のビデオを制作し、グループ企業幹部などにプレゼンテーションを重ねることで説得に当たった。

情報企画部の白石寿太郎部長
情報企画部の白石寿太郎部長

 「MAIN-21は丸紅グループのリテラシー(基礎能力)となる」。啓蒙活動で強調されたこの言葉は、企業のコンプライアンスが改めて問い直される今日において、大きな意味を持ち始めている。

 統一ルールに基いて構築された標準システムを利用すれば、不正な会計処理が生じる余地を無くし、現地の商慣習に合わせた不透明な取引を未然に防ぐことができる。勘定課目の解釈などがばらつくこともなく、グループとして均質な精度の情報を確保できる。「MAIN-21の導入当初は内部統制という言葉自体は認識されていなかった。当時の経営トップが『丸紅グループとして最低限のポイントを押さえなければ』という問題意識を持ったことが、時代を先取りしていた」(白石部長)

 2005年度の決算で丸紅は、内閣府令に基づき、企業の代表者が有価証券報告書の適正性を確認したことを証明する「代表者確認書」を提出した。これは財務報告にかかわる内部統制のシステムが有効であることを保証できる企業の経営者のみが提出できるものである。MAIN-21によってグループ全体で均質な財務情報を集約できる仕掛けができたことで、代表者確認書の提出が可能になった。

 グループ標準の業務プロセスが浸透した結果、人事ローテーションにもメリットがあった。以前は伝票計上の方法から、営業成績やバランスシートの読み方に至るまでグループ会社ごとの「ローカルルール」が存在し、転勤や出向した社員は新しいルールに慣れるまでに3カ月ほどかかることも珍しくなかった。今ではMAIN-21を利用する企業間の異動ならすぐに仕事ができるようになった。

 今後施行が予定される日本版SOX法(サーベンス・オクスレー法、企業改革法)への対応に当たっても、MAIN-21は2つの面で大きなメリットを生むとみられている。

 まず業務の文書化に当たっては、ひな型を1つ作成すれば、MAIN-21を利用する約100社のグループ企業で共用できるため、文書化の手間を低減することが期待できる。

 より効果が大きいとみられるのが毎年実施される監査の効率化だ。MAIN-21に組み込まれている業務処理上の統制機能は、各社共通のものが大半だ。そのため1カ所で確認すれば「以下同文」として、同じ統制機能を使っているグループ会社で逐一確認する手間が省けるというメリットがある。

 またIT全般統制(業務処理を支えるシステムが適切に維持・管理されるために必要なITガバナンス)の内部監査については、運用面では多摩のデータセンターのみを対象とすればよい。開発、保守についても、MAIN-21を利用するグループ企業のそれぞれについて行う代わりに、30前後のサンプルチェックで代表させることが可能とみている。「日本版SOXにおける監査の具体的な手法は実施基準待ちとなっているが、かなりの効率化を実現できると期待している」(白石部長)

●MAIN-21のグループ展開に伴って、連結決算発表までの期間が大幅に縮小した
●MAIN-21のグループ展開に伴って、連結決算発表までの期間が大幅に縮小した

リスク情報を統合管理

 内部統制の実装と同様、経営管理の品質向上を目的にMAIN-21に盛り込まれたのがリスクマネジメント情報の収集機能だ。

 総合商社として従来からリスク管理は徹底していたが、グループ企業が個別にリスクを算定していたため、全グループでのリスク把握ができていなかったという。例えば同一の取引先と取引がある複数のグループ企業が、それぞれ異なる取引先コードを割り振っていたため、統合的なリスクの算定ができないという問題があった。

 そこでMAIN-21ではまず売掛金や担保などリスクマネジメントに関連する項目の定義を統一したうえで、全社的なリスクマネジメントに必要な情報をグループ企業から自動収集する仕組みを整えた。さらに取引先の「名寄せ」を行い、同一の取引先に関するリスク情報を集約できるようにした。これらの機能はR/3には実装されておらず、独自に開発してMAIN-21に盛り込んだ。

 こうして収集したリスク情報を基に、リスクに見合うリターンが得られているかを割り出す独自の管理指標を開発した。この指標の開発によって、取扱商品や事業分野など細分化された単位での経営管理も可能になり、採算性の高い案件への戦略的な投資が促進されている。

●丸紅にみる業務革新のポイント
●丸紅にみる業務革新のポイント
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