ソフトバンクモバイルが携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)開始前日に料金競争を持ち出してから,俄然MNPを巡る議論が高まっている(関連記事1)。以前このコラムで,MNP開始の前の週に「今回のMNPで料金競争が起こらなかった」と書いた(関連記事2)身としては,開始前日のどんでん返しに大いに驚かされた。しかし,MNP直前のアンケートで劣勢を伝えられていた業界3位のソフトバンクモバイルは話題が集中するこのタイミングで,乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出ざるを得なかったのではないか,と筆者はその背景を分析している。

 ソフトバンクモバイルが仕掛けた料金競争に対して,今のところNTTドコモもKDDIも追従する動きを示していない。「通話料,メール代0円」など目を引くアナウンスで注目を集めたものの,料金プランを詳しく見ると必ずしもソフトバンクモバイルの方が安くなるとは限らないからだ(関連記事3)。NTTドコモとKDDIには,何らかの策を講じるならソフトバンクモバイルの加入状況に大きな増加があってから,という様子見の雰囲気が漂っている。携帯電話の料金競争が本格化するとすれば,次にNTTドコモかKDDIのどちらかがソフトバンクモバイルに対抗で料金値下げに乗り出した時になるだろう。

 ただ今回ソフトバンクモバイルが携帯電話を使った音声通話に定額メニューを持ち込んだことに,筆者は携帯電話インフラの側面から危機感を持った。音声通話の定額メニューはユーザーが望むものである一方,携帯電話がつながりにくくなる可能性を一気に高める諸刃の剣とも言うべきものだからだ。携帯電話は以前よりもライフラインとしての役割が高まっている。そこまでシビアでなくても,携帯電話がつながらないと仕事が滞るようになったビジネスパーソンも少なくないだろう。

 ソフトバンクモバイルが音声定額メニューの料金として設定した2880円という金額は,昨年音声定額メニューを始めたPHS事業者のウィルコムの定額プラン(2900円)を意識したと推測できる。しかしPHSと携帯電話ではインフラの仕組みが大きく事情が異なっている。簡単に言うとPHSと携帯電話では一つの基地局がカバーする大きさが異なっている。基地局のカバーエリアが狭いPHSは,ある基地局が接続数の上限に達した場合に近隣の基地局に接続を振り分けるメカニズムを備えており,しかも基地局は小型で増設が容易だ。携帯電話は基地局が広い範囲をカバーする分,エリア内に通話するユーザーが多いとつながりにくい状況に陥りやすい。基地局のサイズが大きくコストも高くつくため,おいそれと増設することは難しい。

 昨年ウィルコムが音声定額メニューを開始した際に,同社が「通信量の急激な増加」にインフラ面で入念なシミュレーションを施し,そのための対策を打ったことを筆者は聞いていた。ソフトバンクモバイルも2006年度末までに計4万6000カ所の基地局を整備すると発表しているが,基地局の増設と定額ユーザーによるトラフィック増への対策という二つを並行して進めることは容易ではないだろう。

 こうした中,先週末にソフトバンクモバイルがシステム・トラブルによりMNPの受付業務を停止した(関連記事4)。これはユーザー対応システムのトラブルであり,通話インフラとは直接関係がない。しかし孫正義・代表執行役社長兼CEOがトラブルの謝罪会見で放ったこの一言に,筆者はいっそう危機感を募らせた。「初めての経験で,利用量に見誤りがあった」--。

 無線を使う携帯電話は,固定電話に比べて集中しやすいという特性がある。どれだけのユーザーが契約するかは今後の動き次第だが,携帯電話事業者が自社内の全ユーザーで定額となるメニューを取り入れるのはソフトバンクモバイルが“初めての経験”となる。目を引く料金でユーザーに訴求するだけでなく,ユーザーが快適に利用できるよう,利用量に見誤りをすることなく,インフラの整備を進めてもらいたいものだ。