自治体による企業の工場・研究所、新幹線駅、さらにサミットなどの誘致が最近、 話題になる。先日も神奈川県が武田薬品の研究所の誘致に成功(大阪府は失敗)した と話題になった。だが、自治体は長期展望もなく補助金頼みの誘致活動に奔走してい ないか。誘致される側の企業も補助金をもらって当然という態度でよいのか。

■「誘致」を巡り迷走する関西--オリンピックから新幹線まで

 大阪市はかつてオリンピックの誘致に失敗した。その後も大阪は企業誘致に連続し て失敗してきたといわれる。例えばシャープの亀山工場を三重に取られ、今回は武田 薬品工業の研究所だ。サミットも京都と大阪が別々に名乗りを上げる。滋賀では新幹 線駅の誘致問題で大騒ぎだ。

 誘致は具体案件とスケジュールが目の前にある。人々の注目を集めやすく成功すれ ば達成感もある。だが関西、特に大阪の活性化に大型案件の誘致が決め手になるか疑 問だ。大企業の本社の流出が関西衰退の象徴と言われるが巨大な関西経済を支えるの は無数の小さなサービス・製造業だ。特に大阪は卸や問屋、運送、倉庫など地味な産 業が多い。彼らの操業コストを下げる地道な支援策のほうが大型誘致よりも大事だ。 たとえば行政が持つ空き地を駐車場や倉庫に解放する。港や高速の使用料を大幅値下 げするなどの支援策が有効だ。税金は優良企業向けの補助金ではなく、地元経済基盤 の強化に使うべきだ。

 関西の節操のない誘致フィーバーの象徴が「大阪サミット」だ。たった数日の要人だ けのイベントだ。物々しい警備で町はフリーズし、ビジネスも観光も激減する。9・ 11テロ以後のサミットは軒並み、僻地の小さなリゾートで開かれる。住民をテロの危 険にさらしてまで狭隘な大都会の真ん中でサミットを開催する意義は皆無だ。

■疑わしい補助金やトップ交渉の価値--企業にとって本質的要素ではない

 自治体の誘致活動は、本来、地域の存在と魅力を訴えるためにある。ところが昨今 は、首長が社長を直接訪問し巨額の補助金を積んで口説き落とすのが正道とされる。 武田薬品の研究所のケースでも「神奈川県知事が直接、大阪に行って社長と直談判 した。補助金は80億を超える」「大阪府は200億円を用意したが負けた」と報じられ る。

 だが企業は労働力や住環境など経済性から総合判断する。首長の熱意や補助金の 多寡では決めない。優良企業の工場や研究所への投資額は数百億から一千億円を超え る。自治体の補助金などたかが知れている。社長の判断は、4年以内に代わるかもし れない知事との関係に左右されない。誘致フィーバーは、自治体や首長、そしてマス コミが勝手に作り上げた"虚業"だ。「トップ交渉」も「補助金」も決定の本質ではな い。

■企業側のモラルも問題--優良企業が補助金を受け取る意味を問い直す

 さて滋賀の新幹線新駅問題。ことの本質は「請願駅」に由来する。駅は普通は鉄道 会社が自分で投資して作る。だが資金不足や採算性に難があるときに「地元負担で」 作るのが請願駅である。滋賀の場合、駅の建設費のほとんどである約240億円を地元 の市町村と県が負担する計画だった。それが知事選の争点となり、凍結を公約に掲げ た嘉田知事が当選した。さらに最近の地元・栗東市の市長選では、当選したのは推進 派の国松市長だが得票の約6割が新駅の中止・凍結に票を投じた。知事は「自治体負 担なしなら駅はあったほうがよい」という。

 以上を踏まえJR東海は既定の方針を見直すべきだ。なぜならJR東海はいまや売上高 1兆円、経常利益約2000億円の巨大優良企業である。片や滋賀県は財政危機だ。だか らこそなけなしの税金の使途を巡って県を二分する大激論になる。巨額の利益を計上 しているJR東海は、地元の混乱に配慮する姿勢を示すべきではないだろうか。

 滋賀県南部の住民は、新幹線開業以来、毎日、轟音を上げて通過する列車を眺めて きた。駅は欲しいが我慢してきた。東京―大阪を最速で結ぶ列車が経済復興に不可欠 だと納得していたからだ。通過する新幹線に日本の将来の夢を託してきた。だがそん な時代は終わった。民営化から約20年、JRは国鉄時代の赤字経営を脱した。JR東海は こだまが停まる小さな駅くらい自社負担で作るべきだ。民間企業だから不採算の駅は 許されない。だが240億円を自治体が負担するなら作ってもよいという。ならばこれ は一種のモラルハザードではないか。

 武田薬品の場合は、もし今後神奈川県からの補助金が実際に支払われるならば、補助金を受け取る 意味が問われてよい。自社工場の跡地を研究所に転用するだけだ。それでなぜ補助金 をもらうのか。経常利益4000億円超の超優良企業だ。財政危機の神奈川県からの補助 金など辞退すべきではないか。あるいは受け取ったとしても今回の経緯に照らし、創 業地の大阪で社会貢献活動をすべきだ。そもそも最初から補助金は辞退すると言って いれば両自治体で無駄な競争をせずに済んだ。自治体がJR東海や武田薬品といった優 良企業に出す補助金は正当性を厳しく問うべきだ。それと同時に企業にも倫理や社会 責任を問うべきだろう。

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上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』ほか編著書多数。