この連載ではWebデザインについて様々なテーマを取り上げていますが,何度か「答えはない」という言い方で締めくくってしまっているものがあります。「はてな」や検索エンジンのおかげで,読者の皆様の感想が少し収集できる状況になり,そのことに対する不満をいくつか目にするようになりました。今回は「答えが出せない」ということについて,書かせていただこうと思います。

「答え」があるとしたら

 実際のところ,受験の参考書のように,「設問があり,答えがある」,そんな関係が,Webデザインにあったとしたら,どんなに楽だろうかと思ってしまうことは多々あります。参考書や雑誌の特集などをめくるだけで,担当しているクライアントが喜ぶ「答え」に出会えるのなら,こんなに便利なことはありません。


答えが,いろいろな所から得られるのなら

 メニューの配置やボタンなど,「答え」がキチンと存在し,それらを適切に組み合わせさえすれば,万人に使いやすいと評されるサイトが出来上がる――そんな夢のような状況は,やはり夢の中だけだと思います。

 でも,もしもそんな本や雑誌があったなら,Webデザイナーはたぶん職業として成立しないのでしょう。本をめくりさえすれば答えがわかるのなら,誰もWebデザイナーを雇わないですよね。本を買えば良いのですから。

「答え」がないとしたら

 「答え」がないとしたら,どうでしょう。本や雑誌などからは,直接的に「答え」が得られないとしたら――。

 実は,この状況が「現実だ」と私は思っています。既存のものから得られるのは「ヒント」や「アイデア」が主なもので,決して「答え」がそのまま書かれているわけではないのではないでしょうか。そして,Webデザイン(設計)が面白いのが,そうしたヒントやアイデアが,まさにいたるところから得られるという点だと思えるのです。


「答え」ではなく,アイデアが集積されるとしたら

 デザインと名のつく分野だけでなく,エンジニアリングの分野,コンサルタントの分野,マネジメントの分野,コーチングの分野…。まさに人間を扱うものであれば,何であれ,役に立つ知識が埋もれています。

 そうしたヒントやアイデアを日々蓄積し,自分のクライアントと,そのサイトの対象ユーザーとを熟考して,「ベスト」な答えを探すのが,Webデザイナーの仕事なのです。

 ただし,「答え」が明記されている部分もあります。それは純粋に技術的な事柄の場合です。特定の挙動をするJavaScriptの書き方や,特定のレイアウトを実現するCSS定義の仕方など,ユーザーに提供する「答え」を支える土台のような形で,それらが必要になってきます。

「答え」が難しい理由

 プログラミングの世界だと,あまりに複雑なことでないなら,どのようにアルゴリズムを書けばよいなどという「答え」に近いものが漠然とは存在します。Webデザインの場合は,その漠然の度合いがもう少し強いように感じます。

 レイアウトにしても,色にしても,ボタンにしても,許容される幅はかなり広く,時代的な流れがあったとしても,様々な「答え」が共存していると言えます。

 それは,恐らく一番Webらしいと思われる点に関係があるのではないかと私は思います。それは「ユーザーとの距離」です。他のメディアやシステムと比較しても,Webはユーザーからの反応をより近くに感じることができるものでしょう。

 だからこそ,ユーザビリティなどの「ユーザー中心の考え方」の大切さが取り上げられ続けています。気まぐれなユーザーという言い方がされるほど,そのWebシステムを使うか使わないかの決定権が,ユーザー側にあるのです。

 そして,その「ユーザー中心の考え方」の捉え方にも差があるように感じます。ここが,Webデザイナーとエンジニアとの確執の基になっているようにも感じます。


「ユーザー中心の考え方」の位置付けの違い

 「ユーザー中心の考え方」を,今までの理論の上に重ねるの(上図左側)か,今までの理論すべてを貫く筋のように考えるか(上図右側)の違いです。

 エンジニアは,ユーザーのことを大切にする部分を「新たな分野」と捉え,新たなデザインの領域のように考える傾向が強いかもしれません(上図左側)。一方,Webデザイナーは,すべての部分で人間を中心に考え直そうとする傾向があるように思います(上図右側)。

 何か新しい「層」を足せばよいというのと,根本的に構成要因のすべてに関係する「軸」を考慮するのとでは,おのずと導き出される「答え」が変わってきます。そして,そうした複数の「答え」に対しても,人間自体が幅の広い許容度を持っているからこそ,受け入れてしまえたりもします。

 でも,最近は徐々に右側の考え方に移ってきているように感じます。単なるプログラミングではなく,ユーザー中心の考え方に基づいたプログラミング。単なるデータベース設計ではなく,ユーザー中心の考え方に基づいたデータベース設計。最終的に,エンドユーザーがシステムに触れる場面から,どんなフィールドが必要かとか,どんなアルゴリズムが不快感を与えないかという視点です。

 もうひとつWebらしい点が,答えのない世界を支えています。誰か権威ある者が,メニューは左にあるべきだと言ったとします。でも,多くのWebデザイナーは,たぶんそれに従わないと思います。本当にそうなのかをそれぞれが自分なりに検証し,反骨精神も従えながら,自己流のメニューを次々に世に出してくれるでしょう。

 そして,世の中の人々(ユーザー)によって,淘汰されるのを待ちます。良いものが生き残っていく,使われ続けるという状況に任せてしまうのです。さらに,何か一つの方法が「答え」とはならずに,分野やユーザー層によって,複数の答えが共存するようになっていきます。

 企業内の業務アプリケーションは,「(多少出来は悪くても,ほぼ)使ってもらえる」立場にありました。しかしコンシューマを対象にしたWebアプリケーションは,「使われない」可能性があります。Webという状況が両者の立場の違いを明確にし,「答え」を複雑にし,プロフェッショナルな技術が必要な職種を育てているのです。


三井 英樹(みつい ひでき)
1963年大阪生まれ。日本DEC,日本総合研究所,野村総合研究所,などを経て,現在ビジネス・アーキテクツ所属。Webサイト構築の現場に必要な技術的人的問題点の解決と,エンジニアとデザイナの共存補完関係がテーマ。開発者の品格がサイトに現れると信じ精進中。 WebサイトをXMLで視覚化する「Ridual」や,RIAコンソーシアム日刊デジタルクリエイターズ等で活動中。Webサイトとして,深く大きくかかわったのは,Visaモール(Phase1)とJAL(Flash版:簡単窓口モード/クイックモード)など。