1年を越える訪問や提案活動でリレーションを築き、他社をリードしたはずだ―。ブレイニーワークスの伊藤はこう確信した。しかし顧客は、そうした“義理人情”が通用する相手ではなかった。

=文中敬称略


 長距離レースの最終コーナーを回ったはずが、実はスタートラインにいた―。

 ブレイニーワークスの伊藤淳一は、そんな絶望的な徒労感に襲われた。「有力な見込み客」と考えていた東京スター銀行から、「システム発注先は10社のコンペで決める」と告げられたからだ。

 伊藤はここまで、1年以上にもわたって東京スター銀行に足しげく通い、商談をリードしてきたはずだった。IT部門であるシステム企画のヴァイスプレジデント、藤原浩敏をはじめとする担当者に提案活動を繰り返し、おおむね好感触を得た。「我々は有力候補だ。後は1~2社を加えたコンペで決まるだろう」。伊藤は楽観的な確信さえ抱いていた。

 ところがふたを開けてみると、東京スター銀行はRFP(提案依頼書)を10社に公開し、広く提案を募った。ブレイニーワークスは、他社と同列の候補にすぎなかった。

ユーザーの担当役員からも評価

 ブレイニーワークスで金融営業部営業一課の課長代理を務める伊藤が、東京スター銀行の藤原を初めて訪ねたのは2003年4月のこと。同行とは日本IBMの下請けとして取引があったが、訪問の目的は直接取引を開拓することにあった。ブレイニーワークスは元請け案件の拡大を図っており、伊藤も日本IBMに断りを入れた上で「新規顧客」のつもりで藤原を訪ねた。

 チャンスは半年後の10月に訪れた。週1回程度の訪問を続けるうちに、東京スター銀行がコールセンターの刷新を検討している情報をキャッチしたのだ。ブレイニーワークスは、コールセンター向けパッケージ「e-MARKETBRAIN」を持ち、数多くの実績がある。

 売るべき商材を見つけた伊藤は、藤原の紹介でコールセンター部門のスタッフにも接触。彼らとの話から、手組みで開発した現行システムへの不満が見えてきた。伊藤の代替案に対する反応も悪くない。「我々は、既存ベンダーでも優遇しない。ゼロベースで広く提案を聞く」。藤原たちが語ったこんな言葉も、伊藤に勇気を与えた。

 特に大きな手応えをつかんだのは、伊藤が2004年1月に企画したユーザー見学会だ。e-MARKETBRAINを導入したある地方銀行のコールセンターに、東京スター銀行のスタッフを案内したのである。その地銀の担当部門長の好意もあり、東京スター銀行との意見交換会も行われた。東京スター銀行のスタッフは大きな刺激を受けていたように見え、事務部門の担当役員も「とても参考になったよ」と評価してくれた。

 その後も伊藤は、自主的にユーザー要件をまとめたり提案を提出したりと、商談を畳みかけた。

「顧客の好反応」に惑わされた

 しかし、こうした伊藤の尽力は、東京スター銀行にとっては商談の“前哨戦”にすぎなかった。「リレーション営業は、我々には無意味だ」とばかりに、横一線の10社コンペを行うという。

 「こんなに提案が多くては、よい選考ができないのでは」。2004年9月にRFPが出ると、伊藤は顧客の真意を探ろうと、こんな意見を藤原にぶつけた。しかし、藤原は「伊藤さんの話やユーザー事例は参考になったが、我々はすべての提案に平等です。ブレイニーワークスさんも、いい提案を出して勝ち抜いてください」と突き放した。

 今から振り返れば、伊藤の「有望」との判断は適切ではなかった。経験を持つ営業なら、選考に対する顧客の傾向は事前に探っておくものだ。しかし、新規の直販営業では場数が少なかったこともあり、伊藤は裏付けの薄い「顧客の好反応」に状況判断を頼りすぎた。





本記事は日経ソリューションビジネス2006年10月30日号に掲載した記事の一部です。図や表も一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。
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