ガートナーリサーチ コミュニケーションズ・グループ モバイル/ワイヤレス主席アナリスト 光山 奈保子氏 光山 奈保子氏

ガートナーリサーチ コミュニケーションズ・グループ モバイル/ワイヤレス主席アナリスト
ガートナージャパンにおいて国内の携帯電話通信サービスおよび携帯電話端末市場に関する市場動向分析と提言を行っている。ガートナー入社以前は日本電信電話,情報通信総合研究所,NTTコミュニケーションズにおいて,通信関連規制や通信市場動向の調査,サービス開発,マーケティング業務等に従事。東京大学教養学部卒。

 MNP(番号ポータビリティ)開始前夜の10月23日にソフトバンクモバイルが発表した「予想外割」は,「料金施策を打ってくるだろう」という意味では「予想内」,しかしその中身が期待していたものとは違っていたという意味で「予想外」だった。

 まず,「予想内」から説明したい。少し前までの携帯電話業界では「料金競争」よりも「端末・サービス競争」が行われてきた。2003年~2004年ごろは携帯電話のカメラ機能が競争の中心。その後,音楽やテレビ,FeliCa機能などへ競争の舞台が移り,各社の提供する端末機能・サービスは差をつけにくい状態となった。目下,次の打ち手について各社が頭を悩ませているところである。一方で,「タブル定額」や「パケホーダイ」「LOVE定額」などの登場によって過熱していた料金競争も,2006年に入ってからはやや一段落の様相を見せていた。現在の市場環境としては,端末機能・サービス面よりも,料金面の方が競争をしかけやすいタイミングであると言える。

 このような中でソフトバンクモバイルがMNPに合わせて大胆な料金プランを打ち出してくることは,多くの人が予想していただろう。

 だが筆者にとって,その料金プランの中身は予想外なものだった。といっても「月額2880円」や「全機種0円」といった低料金・低価格のことではない。従来とはなんら変わりのない,あるいは考えようによってはより一層「複雑怪奇」な料金プランを打ち出してきたことが,予想外なのである。

 ソフトバンクの孫正義社長はNTTドコモやauの料金プランが複雑だと批判してきたが,今回ソフトバンクモバイルが発表した予想外割(ゴールドプラン)や「オレンジプラン」「ブループラン」はいずれも十分に複雑な内容だ。多くのユーザー,特にソフトバンクモバイルへの移行を検討するユーザーは「自分にとってどの料金プランが一番得か」を考えるだけで多くの時間を費やすことになるだろう。

 筆者は,ソフトバンクモバイルの持ち味は,通信事業者(テレコム)の論理ではなく,インターネット業界の論理を持つことであると考えている。したがって,従来の複雑な料金プランではなく,圧倒的にシンプルな料金プランを示した上で,携帯電話の世界をもっとインターネットの世界に引き寄せるサービスを提供すると期待し,予想していた。だが,第1段階では残念ながらこれは外れてしまった。

 既に,料金が安い,しかも多くの“但し書き”が付く見かけ上の低料金でユーザーが移行する時代ではないだろう。音声通話定額サービスで学生サークルやカップルのユーザーを獲得することは可能だろうが,言い換えればそのような層でしかユーザーを増やせない可能性がある。それでは「ソフトバンクモバイルは学生やカップル向け」とのイメージが定着し,例えば,法人市場への浸透が難しくなることも考えられる。

 また,低料金を理由に事業者を乗り換えるユーザーは“流動性の高い”ユーザーであり,他の事業者がさらに安価なプランを示せばすぐそちらへ流れてゆく。事業者にとっては必ずしも優良顧客とは言えない層だ。

 携帯電話事業は,料金だけではなく端末の魅力や,カバー・エリア,サポートの充実など,総合力がものをいう。ソフトバンクモバイルはまずそのような総合力を十分に整えた上で,インターネットの論理やWeb2.0的なサービスを徹底的に持ち込み,NTTドコモやauと勝負すべきである。料金やビジネス・モデルにおいて移動体通信の世界に「予想外」を持ち込むという点では,ウィルコムの方が先行している。また,来年には,新規事業者2社が携帯電話方式でサービスを開始する。第2段階では,ソフトバンクモバイルならではの「予想外」でユーザーに訴求し,市場を活性化してくれることを期待したい。