「インターネットでなぜ『ポケモン』が見られないのか」――。竹中平蔵氏が問いかけた“素朴”な疑問が,通信・放送業界を震撼(しんかん)させた改革につながった。「通信・放送の在り方に関する懇談会」を立ち上げた直後の2006年1月に,竹中氏自らが,通信・放送改革に対する真意を語った(聞き手は宮嵜清志・前編集長)。
(日経コミュニケーション2006年2月1日号「編集長インタビュー」を再録しました)


この1月から「通信・放送の在り方に関する懇談会」と銘打った直轄の組織を立ち上げた竹中総務相。その懇談会は通信と放送を取り巻く制度だけでなく,NHKとNTTの在り方まで視野に入れており,幅広い層の関心を一手に集めている。しかも懇談会の会期はわずか半年。「改革は短期決戦でないとうまくいかない」とする竹中大臣に,懇談会を立ち上げた背景と進め方を聞く。

まずは,懇談会を発足させた趣旨と目的を知りたい。

  松原聡・東洋大学教授

 なぜこのタイミングでやるのかと言えば,今はさまざまな技術体系が大きく変化していることが背景にある。これは,仕組みを変えることによって「WIN-WIN」の関係を作っていく最大のチャンスだからだ。通信や放送という業界と国民の双方にとって,間違いなくメリットのある改革を行う絶好の機会だと考えている。

 音楽CDの例が分かりやすいかもしれない。音楽CDはこの7~8年で,売り上げが4割も減ってしまった。ネットによる音楽配信の時代を迎えていたのに,社会全体がそれへの対応を十分できていなかったことが原因だろう。

 ソニーのウオークマンが売り出されてから,もう20年以上がたつ。当時,若者はウオークマンを買うために店頭に長蛇の列を成した。しかし20年後の今,長蛇の列を成して並んでいるのはアップルのiPodだ。技術的には日本の電機メーカーだって出来たはずなのに,日本のIT機器産業は主導権をとることができなかったわけだ。同じことが,今度は映像産業で起こる可能性がある。

 逆に,このような変化の局面では,上手く仕組みを作ることでビッグチャンスに変わる。そうなればメリットは放送や通信業界だけではない。機器を作っている産業にも,また何よりも国民が大きなメリットを得られるのではないだろうか。

 私はよく冗談で言うんだが,米IBMというのはインターナショナル・ビジネス・マシンであると同時に,いまや「インターネット・ブロードバンド・モバイル」の略称なんじゃないかってね。そういうふうな技術体系のシフトに,きっちり対応していかねばならない。

 通信とネットワークの業界で言えば,これまでの技術体系である電話網を前提にした法律や経営の体系から,IP網を前提としたものに変わらなきゃならないはずだ。放送業界にも,全く同じようなことが当てはまる。

 だから私は取っ掛かりとして,まず消費者の素朴な疑問や願望に応えていくことから考えたい。例えばインターネットは全国で見られるのに,なぜ放送番組は全国で同じものが見られないのか。子供たちはみんな「ポケモン」を見たいだろうに,今は全国すべての地域や家庭で見ることはできない。ドイツで開かれるワールドカップだって,見られない地域がある。でも,インターネットの映像配信をしているところでは,問題なく見られるはずだ。

 そう考えると,見る方にとっては放送だろうが通信だろうが全然関係ないことがよく分かる。そういう素朴な問題意識から出発して,最後は国民全体がメリットを得られるような方向に向かって生きたい。懇談会を立ち上げた目的はそこにある。

実際にそれを進めようとすると,著作権だけでなく現行の組織や法体系の見直しも必要になりそうだが。

 もちろんそうだ。当然,制度を検討していく。今は技術が変化したと同時に,消費者の潜在的なニーズがものすごくあることは分かっている。それを実現するためにはどうしたらいいだろうかと考えていく。制度といっても社会的なものもあれば,行政の制度もある。中身をどう変えるかというのはこれからの議論だが,前提をおくことなく,フリーハンドで議論を展開させていきたい。

通信産業のキーワードは「健全な競争」の実現だ

先日のテレビ番組の中で,NHKとNTTの在り方も考えていかねばならないと発言した。現在の通信と放送業界は,大臣の目にはどう映っているのか。

林敏彦・放送大学教授  

  私にどう映るかというより,国民にどう映っているかという観点が大事だ。まずNHKに関してだが,多くの国民は「公共放送が必要」と思っていることだろう。私も公共放送は必要だろうと考えている。だが,公共放送が必要だということと,NHKが今のままでいいかということとは,全然次元が違う問題だ。

  NHKは素晴らしい作品もいっぱい作ってくれているが,これだけ不祥事が立て続けに起これば,やはり国民の皆さんはガバナンス(組織が運営・統括される内部的手続き)に問題はないのかと思っているはずだ。受信料の3割が未払いや不払いという事実は,これを物語っている。さっき国民の素朴な疑問や願望と言ったが,その最も見えやすい問題の一つがNHKの在り方だろうと思う。

  一方,NTTは1999年に,持ち株会社制による組織の大幅な再編を実施した。だがそれはさっき話したように,旧来の電話網を前提にした考え方のもとでだった。IP網になれば距離による区別というのはそもそも意味がなくなるが,実際には距離による区別になっている。それに対しても,なぜなのかという素朴な疑問を持たれる人は多いのではないか。

  ただ通信産業における基本的な考え方は,競争を促進して,その中で事業者などがより良いサービスを目指すということ。これは多くの皆さんが期待していたはずだし,今でもそうだ。実際に競争を通じて実現された成功例,成果も多い。

  しかし気が付いてみると,通信産業の売り上げの3分の2はやはりNTT。巨大でとてつもなく大きな存在感を持ったまま存在しており,今後の競争政策の中でこのままでいいのだろうかという疑問を,皆さんが持っておられると思う。

  NHKとNTTは国民から非常に見えやすい。ここを議論の取っ掛かりとして,素朴な疑問や願望に応えていくという議論の仕方はあるだろう。

徐々にではあるが実際に通信と放送の融合が始まり,あつれきも生じかけている。例えば日本の通信事業者は,無料のインターネット放送で500万以上の加入者を集めたGyaOを「我々のインフラへのただ乗り」と批判している。海外でも米国の通信事業者は,映像情報を提供しようとするグーグルなどに,インフラ使用の対価を払うよう要求し始めた。

  個別の話なので,これからの懇談会の中でしっかり議論してもらうことになる。今言える事は,当たり前のことだがこれは日本だけの問題ではないということだ。

  GyaOの話が出たが,先日米国で開かれたCES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショウ)で,ヤフーやグーグルもやはり新しい映像ビジネスの発表をしている。ヤフーは確か,Web上のさまざまなコンテンツを,パソコンだけでなく携帯電話や家庭のテレビにまで提供していこうというサービス。一方のグーグルはインターネット上の同社のシステムを通じて,コンテンツ・プロバイダが動画を配信・販売できるようにするもの。まさに,インターネットを使った映像配信サービスそのものだ。

  各国とも著作権,要は料金配分問題を,試行錯誤で解決しようと動き出したフェーズにある。最先端で刻々と変わりつつある問題だが,そこはきっちりフォローして,日本にふさわしいルールを作っていきたい。

  ただ,こういう話をすると,「著作権のこの部分はどうなりますか」とか「電波法と放送の関係はどうなりますか」などと,すぐにものすごく個別の項目に入っていってしまう。こいう進め方だとすぐに行き詰まってしまうし,結局は国民の求めているものと乖離(かいり)してしまうだろう。笑い話だが,「通信と放送」ではなく「放送と通信」と言うべきなどとする声もあるくらい。ちょっと問題を提起しただけでこういうことになり,議論は止まってしまいがちだ。

現在NTTは,2010年に光ファイバ・サービスに3000万を加入させる計画を進めている。その過程で,現行の規制についての議論も巻き起こりそうだ。

  キーワードは「健全な競争」だ。仮に規制が健全な競争を妨げるということが明らかであるなら,それを取り除かなければならない。一方,NTTは依然として3分の2のシェアを持っている。いわばドミナントな存在であり,そのことを踏まえたルールでないと健全な競争にはならない。

  だから,一方的に規制を緩めたらいいとか,すべての規制は撤廃すべきという議論には絶対にならない。健全な競争の仕組みを,技術体系と消費者ニーズを考えながら作っていく。

半年間の懇談会の議論で,最終的にどこまで詰める予定なのか。

  それが分かれば,もう答えが出ていることになる。厳密には答えられないが,やはり方向性が明確に出ていなければいけないと思う。

  それは健全な競争の実現の一方で,必要な公共性を保ちながら,消費者の素朴な疑問と願望に応えていくこと。そうすることによって通信も放送も,そして関連する機器の業界も,そして何より国民が利益を受けられるような姿が明確になるはずだ。

  こういう問題は,だらだらと時間をかけていては駄目。半年や1年といった短い期間で一気にやらないと,改革は難しい。今回は小泉総理の任期という問題もある。この期間内で最大限の努力をするつもりだ。