予算超過,納期遅延,品質不良…。システム開発プロジェクトには,トラブルが絶えない。トラブルの予兆を早期に発見できれば,先手の対策を打てるようになる。本記事では,進行中のプロジェクトの状況を示す様々なデータを計測し,生産性や品質の改善を目指す「EASEプロジェクト」の意義と活動内容を解説する。

 「計れるものは進歩する」との言葉通り,計測や定量化は,多くの工学の基礎あるいは前提条件となっている[1]。これは,ソフト開発に関する工学であるソフトウエア・エンジニアリングにもそのまま当てはまる。

 しかし日本のITベンダーは,システム開発に関する計測や定量化の取り組みが遅れており,このことが日本でソフトウエア・エンジニアリングの普及を妨げている大きな要因になっている。

 この問題は,ソフトウエア・エンジニアリングの研究者と産業界との間に深い溝があることも一因と言える。このような反省から発足したのが,産官学が協力して推進している「EASE(Empirical Approach to Software Engineering)プロジェクト*1」である。

 EASEプロジェクトの狙いは,ソフト開発分野で,他の工学分野と同じように計測・定量化,評価,フィードバックによる改善といった実証的手法(エンピリカル・アプローチ)を実践することにある。

 プロジェクトの代表は奈良先端科学技術大学院大学の鳥居宏次学長。研究リーダーは大阪大学の井上克郎教授と奈良先端科学技術大学院大学の松本健一教授が務めている。産業界からは,SRA先端技術研究所,NTTソフトウェア,日立製作所,日立公共システムエンジニアリングが中核メンバーとして参加。そのほかにも多くの大学,企業が参加している。活動拠点として大阪府豊中市に「エンピリカルSEラボ」も設置しており,企業で計測したデータをエンピリカルSEラボや大学が収集・検証し,その結果を企業にフィードバックする,という形でプロジェクトを進めている。

 EASEプロジェクトは,文部科学省の「e-Society基盤ソフトウェア総合開発計画*2」の1プロジェクトとして2003年4月にスタートした(正確なプロジェクト名は「データ収集に基づくソフトウェア開発支援システム」)。現在は情報処理推進機構(IPA)内に2004年10月に発足したソフトウエア・エンジニアリングの研究組織「ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC*3)」と密接に連携している[2]

 以下では,EASEプロジェクトの具体的な活動内容を紹介しよう。

進行中のプロジェクトを測定

 EASEプロジェクトの中心は,ソフト開発に関する様々な指標の計測・定量化である。とはいえ,計測・定量化と一口に言っても,その対象は幅広い。

 この分野の先駆者であるケイパー・ジョーンズ氏は,著書「ソフトウェア開発の定量化手法」の中で,計測・定量化の対象を(1)運用環境の測定,(2)開発中のプロジェクトの測定,(3)ソフト資産とバックログの測定,(4)顧客満足度の測定,(5)完了プロジェクトの測定,(6)ソフト要因の測定,(7)ソフトの欠陥の測定,(8)企業内従業員統計の測定,(9)企業内の意識調査――の9つに分類している[1](図1)。

図1●ケイパー・ジョーンズによるプロジェクト定量化の種類
図1●ケイパー・ジョーンズによるプロジェクト定量化の種類
このうち,(2)の「開発中のプロジェクトの測定」が,EASEプロジェクトの狙いである

 一般にソフト開発の測定・定量化と言う場合,(5)の「完了プロジェクトの測定」を指すことが多い。先に述べたSECでも,多くのベンダーの完了プロジェクトに関するデータ(工数や作業時間,コスト,見積もりなど)を収集して,生産性評価や品質評価の基準を設定するための「ベースライン分析」や,プロジェクト間,グループ間,ベンダー間,さらには国の間で比較・評価する「ベンチマーク分析」を実施しようとしている。

 これに対しEASEプロジェクトでは,(2)の「開発中のプロジェクトの測定」を対象にしている。狙いは,進行中のプロジェクトの様々な指標を計測することで,現場で納期遅延や予算超過,品質不良などの多くの問題を抱えるプロジェクト・マネジャーやリーダーを直接支援することだ。

 自動車などの製造業では,工程の少しでも前の段階で異常兆候を検出し,先手の対策をとって品質を作り込む「フロントローディング」という考え方が一般的だ[3]。EASEプロジェクトでも,進行中のプロジェクトの各種指標をリアルタイムで計測して,異常兆候の早期検出と早期対策を可能にすることを目指している。

 SECが対象としている「完了プロジェクトの測定」も,EASEプロジェクトが対象としている「開発中のプロジェクトの測定」も,最終的な狙いはソフト開発の生産性や品質を高めることにある。生産性や品質を高めるための前提として各種の指標を計測・定量化するという意味で,両者は補完関係にあると言える。

(次回へ)

神谷 芳樹(みたに よしき) 奈良先端科学技術大学院大学 産学官連携研究員(EASEプロジェクト)
電電公社横須賀電気通信研究所,NTTソフトウェア研究所,NTTソフトウェアなどを経て,2003年4月より現職。EASEプロジェクトに発足時から参加し,2004年10月からSECの研究員も兼務している