システムのレイムダック化(弱体化)や,その甦生に関わる人々の一環として,前回からCIO(最高情報責任者)を取り上げている。CIOの定義・役割を検討するほど,CIOがダメシステムに決定的責任を負う立場にいることが分かった。では,ダメシステムを甦生するために,CIOはどう関わるべきか。これは,自らダメにしたシステムの甦生に,CIO自身が如何に関わるかという矛盾した議論になる。

 CIOにはいろいろなタイプがある。どうやら個人の能力に負うところが大きいことを,前回は実例から見た。では,CIOに与えられた役割を果たすために,どんな能力を必要とするか。

 前回検討したCIOの役割を再度確認すると,一般的役割としては業務の抜本的改善などのマネジメントレベル,予算・コスト管理やシステム開発業者選定などのビジネスレベル,そして技術レベルなどでの役割がある。一方,システム導入を成功させるために特化された役割としては,

1.トップの適切な関与の段取り
2.システム導入目的の明確化と定量化
3.プロジェクトに最適な人材の確保
4,社内意識の改革
5.システム導入教育
6.ユーザー意見の反映による適切な要件定義の決定
7.業務改革の実施

などがある。

好奇心と勇気を持って誤りを正すべし

 これらの役割に欠けるところがあると,CIOは結果としてシステムのレイムダック化に積極的に関与したことになる。この重要な役割を果たすために求められる能力を,以下,意識面,マネジメント面,技術・業務面から検討してみよう。

 まず,意識面からは,自己保身・独善を排し,常に好奇心と勇気をもって新しいことに挑戦し,自らの判断で考え行動する能力が求められる。その能力があれば,例えば自ら現場に降りて本音の声を聞き,自分の眼で確認し,結果をトップに直言し,誤りがあれば正すことができる。

 前回例示した中堅機械メーカーの取締役総務部長兼任CIOのA氏は,自分が過去情報システム部門に所属した経験があるにもかかわらず,ITに関心がなかった。好奇心をもって新しいことに挑戦する気概に欠け,現場に降りることを嫌い,常に椅子に座り続けていた。当然,新システムの導入も,レガシーシステムを活性化させることもできなかった。

 次にマネジメント面からは,総合的経営力,すなわち経営戦略をIT活用にブレイクダウンする力,全体最適化の視点が求められる。システム構築への動機付けや強力なリーダーシップ,関係者の本音の意見を聴取し方針を徹底するコミュニケーション力,関係者へ方針などを明確に伝えられるプレゼンテーション力,情報収集や相談ができる優れた人脈を持つ力も必要であろう。

 前回例示した中堅情報機器メーカーの取締役経理部長兼任CIOのB氏は,意識の面で劣ってもいたが,総合的経営力に欠けていたため,自分の管轄下の情報システム部でのトラブルだけを恐れた。ERP(統合業務パッケージ)の考え方を採り入れたシステムを導入したときも,トラブルの表面化をひたすら隠した。当然システムはレイムダック化し,それを救うチャンスも失っていた。

 技術・業務面からは,できれば技術的経験や知識,少なくともITの基礎知識,そして社内情報の流れを知悉(ちしつ)していることが求められる。しかし,詳細なITの技術知識は,CIOには不要だと考える。詳細な技術知識はスタッフを活用すればよいのである。むしろ,問題や技術の流れを把握できるセンスが必要である。前回例示した大手電気機器メーカーの経理部長兼任CIOのC氏は,まさにそういうセンスを持っていた。

無能なCIOはトップの判断で更迭する

 さてダメシステムを避けるためには,CIOが上記の能力を兼ね備え,前述の役割を完全に果たせば良いわけである。特にIT導入成功条件を満たすようCIOがリーダーシップを発揮し,その条件を実現すれば,システムのレイムダック化を避けることができる。

 しかしここでの議論は,レイムダック化してしまったシステムをどう甦生するかである。

 まず,上記A氏,B氏のように能力のないCIO,あるいは啓蒙しても発揮する潜在能力さえも持たないCIOは更迭すべきである。それを判断するのは,トップである。トップがシステムのレイムダック化に気づき,CIOがシステム甦生の能力を持ち合わせているか否かを,上述の能力基準に照らして改めて確認しなければならない。その結果,CIOの適任者が社内にいない場合は,社外に求めるか,トップ自身がCIOを務めなければならない。

 一方,最初からCIO不在のときは,システム甦生のために能力を備えたCIOを改めて選任するのも一つの方法である。これもトップの任務である。しかしその気がトップに無いとき,いわんやそもそもトップがレイムダック化に気づかないときは,ダメシステムをそのまま放置して,害毒を流し放題にしておくしかない。実は,そういうオメデタイケースが少なくない。その場合期待できることは,下克上である。優秀な情報システム部長やプロジェクトマネージャがいれば,無能なトップやCIOを無視してシステム甦生に果敢に立ち向かうべきだ。

 さて,啓蒙により潜在能力を発揮できるCIO,あるいは改めて選任されたCIOは,システムの甦生に向けて全力を投入しなければならない。しかし,奇策はない。オーソドックスなことを着実に実行するだけである。

 まず,現状を徹底して分析する。自社の置かれた立場,自社におけるITの必要性,自社のIT力,そしてIT導入成功条件の何が欠けていたかなど,当たり前のことではあるが最初から分析を始めなければならない。その結果,自社にとって不要なITは中断するという英断も必要である。IT導入の成功条件に欠ける部分に再チャレンジする場合でも,システム修正の可能性がある場合でも,プロジェクトマネージャの更迭を決断しなければならないこともある。そして,システムの修正や変更が必要と判断したときは,改めての予算処置,問題解決のための部門間の調整に奔走しなければならない。

 ダメシステムの甦生には,拙速はためにならない。多くの場合,改めて一部門ずつ取り掛かるか,システムを分割して導入しやすいシステムから徐々に導入するか,慎重に進める必要がある。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp