小規模のWeb制作事業者には「紺屋の白袴」が,少なからずいる。自分のWebサイトを持たず,持っていたとしても,顧客にPRすべき制作技術が使われていないこともある。逆に,得意技術や仕事に対する姿勢,人柄までが見えてくるWebサイトを開設し,しかも随時更新している事業者もある。

セルフ・プロデュースのススメ

 筆者は,顧客のWebサイトの企画を手がけるなら,何よりも先に,自分のWebサイトを「企画」という仕事の練習台にすることが大事ではないだろうかと考えている。そのためにはまず,自分自身をプロデュースすることから始めなければならない。「自分をプロデュースできなくて,顧客をプロデュースできるか!」といったところである。

 顧客がSOHO団体の事業者リストを見て,得意技術の欄から依頼出来そうな人に目星を付けたとしても,WebサイトのURLが載っていなければ,その段階で依頼を諦めてしまう。個人のブログなら持っているかもしれないが,顧客は忙しい。「オンリーワンの技術」をPRしているのでない限り,名前でググって個人のブログを探したりしない。

 フリーのプログラマの場合(特にWebアプリケーションではなく,ローカル・アプリケーションが専門の場合)も,Webデザインが難しいためにWebサイトを持っていないことがある。

 さらにWeb制作業者として開業準備中の人もまた,Webサイトを開設していない人が多い。これから営業展開をはかるわけだから,むしろWebサイトを作った後で,団体なり組合なりに参加したほうがよい。「この事業者はWebサイトも持っていない」と思われてしまったら,いくらその後で良いWebサイトを作っても,訪問してもらえるとは限らないからだ。

 Webサイトの企画制作を主要業務とするなら,セルフ・プロデュースに基づくWebサイトの企画制作は,避けて通れない課題である。

小規模事業者は,タレント稼業

 小規模な事業者は,これから売り出すタレントと同じ立場だ。

 最初はどんな小さな仕事でも快く引き受けなければならない。人気が出れば,仕事を選べるようになる。だが,開業後数年間は,ささいなことでも失敗をしたり誠意を欠いたりすれば,たちまち干される。開業数年を過ぎて安定運営の段階になっても,健康を損ねたら,綿密な計画のもとに戦線離脱するのでない限り,復帰は難しくなるだろう。

 小規模事業は気楽な仕事ではない。身一つ腕一本で稼ぐ,タレント稼業なのだ。そのため,タレントや歌手を売り出すプロデューサになったつもりで,自分という新人タレントをプロデュースしてみよう。

 自分のWebサイトを企画するにあたっては,まず何よりも先に,自分を売り出すためのイメージを固めなければならない。企業イメージのあいまいな企業サイトや,製品イメージのあいまいな製品紹介ページがユーザーへの訴求力を持たないように,事業者のイメージが不透明なWebサイトは,宣伝効果を発揮しない。

 SNSやメーリングリストへの参加や地場の人脈で仕事を得るにしても,得意な制作技術や業務方針を雄弁に語るWebサイト開設は必須条件だ。

 筆者たち自身がセルフ・プロデュースに基づくWebサイトを開設し,制作技術を発信して,出会いを生み出してきた。現在の顧客はすべて,Webサイトを見て先方から声をかけてきた企業と,そのつながりで知り合った人たちである。

 ユニットを結成する前,筆者たち二人は,それぞれの個人サイトを持っていた。筆者(聖)は,当時の新技術(VRML,Microsoft Agentなど)のサンプル解説やコラムを,相方(国安)は,新技術(Active X Control Pad)を使った楽しいサンプル・プログラムを掲載していた。どちらも,数十ページ以上から成るボリューム満点のサイトだった。筆者たちは「新技術のサンプル解説者」と「新技術のサンプル・プログラマ」という見せ方で,自らを売り出したことになる。

 その見せ方が功を奏し,最初に相方のサンプル・ページが,そのつながりで筆者の技術コラムが雑誌編集者の目にとまった。Webサイトが宣伝効果を発揮し,現在の仕事にいたっているのである。

自分というタレントのイメージを固めよう

 まず,自分が専門とするWeb制作技術や,実績,職歴,居住地など,会社の社長になったつもりで,略歴を書き出してみよう。そして,できるだけ詳しい自己紹介を書いてみる。自己紹介文が,箇条書きにしかならない場合は,自分史を書くつもりで,これまでの人生を振り返ってみよう。

 これで,自分のPR点がわかるはずだ。そして,自分の長所と短所を書き出していく。一見短所に見える要素も,反対から見れば長所になるから,心配は無用だ。

 「飽きっぽい」という短所は「すぐに新しいことに関心を示す」ことの裏返しでもある。「融通が利かない,真面目すぎて面白みに欠ける」タイプは,セキュリティなどの安全面に徹底的に配慮できる人かもしれない。視点を変えれば,短所は長所になる。自分の個性に自信を持てるようになり,セルフ・プロデュースを突き詰めることで,自分を高めていくことができる。自信が仕事の成果につながり,仕事の成果がまた自信を返してくれる。相乗効果である。

 宣伝業務(広告や販売促進)では,「負の言葉」を「正の言葉」に置き換えるということが,しばしば行われる。その手法に倣って,表1のように,短所を長所に置き換えてみよう。

 このようにして,自分というタレントの良いセルフ・イメージを固めていけばよい。

表1●短所を長所に置き換える方法
表1●短所を長所に置き換える方法

「XML思考法」で,セルフ・イメージの切り口を考えよう

 良いセルフ・イメージが固まったら,次に行うのは「切り口」を考えることである。宣伝では,この「切り口」が,非常に重要だ。例えば,「牛丼弁当」の宣伝に例えて説明しよう。「牛丼弁当」一つとっても,秘伝のタレ,肉質の良さ,メニューのバリエーション,畜産業者の工夫,弁当販売店の顧客サービスなど,いろいろな切り口がある。

 そして,「秘伝のタレ」という一つの切り口の中にも,醤油,砂糖,酒,味醂,ダシ,それらの絶妙の配合,作り方といった,数々の切り口がある。

 さらには,「醤油」という切り口の中にも,原料,歴史,産地,醸造所の工夫,味覚,化学分析といった,数々の切り口がある。

 このように,入れ子の構造になった,無数の切り口がある。

 宣伝用に使うことを決定した切り口に対しても,無数の表現方法がある。

 例えば,「醤油」の「原料」の大豆の見せ方一つとっても,ふっくらとした大豆の艶やかさをクローズアップする方法もあれば,手塩にかけた栽培をする農家の人の顔を見せる方法もある。大豆が醤油になる過程を見せることもできる。いろいろな表現方法があるのだ。

 だからこそ,「切り口」と「表現方法」の組合せにより,数限りない宣伝が生まれるのである。同じ「Web制作」に関するコラムでも,このコラムと,他の筆者のコラムは,また違う。それは,「切り口」と「表現方法」の組合せが異なるからだ。

 そこまで理解できたら,自分の「切り口」も考えてみよう。

 例えば,「豊富な技術経験」という言葉はあいまい過ぎる。Web制作を請けようとする小規模事業者なら,そんな言葉を語れる人はいくらでもいる。どのようなプロジェクトに参加してきたのか,その中でどのような役割を果たしてきたのか,どのような作業が専門なのか,何の仕事で実績を認められたのか,掘り下げていけば最も明快な「切り口」にたどり着くだろう。

 また,育児の手の離れた女性が,SOHOによるデザイナーへの復帰を果たすにあたり,育児中に得た女性のネットワークをPRポイントにしたいとする。「女性のネットワークを活用できる」という言葉はあいまい過ぎる。それだけでは,アンケートで生の声を集められるのか,製品モニターまでできるのかすらわからない。ネットワークに参加する層の,年齢,職種,得意な作業など,突き詰めていけば,見えてくる「切り口」があるだろう。

 このように,切り口を入れ子にして考えていけばよい。これは,XMLの考え方と同じである。「XML思考法」と言ってもよいかもしれない。上位から下位へ階層をたどりながら,考えていくのである。

 「万全のサポート」を「切り口」にするとしても,業務用ソフトに通じていて顧客の業務や社員をサポートできるのか,ケータイで365日24時間連絡が付くのか,あるいはSOHOのネットワークを活用したバックアップ体制があるのかなど,いろいろな切り口がある。

 その中で,「業務用ソフトに通じていてサポートできる」をウリにするなら,そのソフトとは何か,どんなサポートができるか,といったことを具体的に突き詰めていけばよい。そして,どうしても複数の切り口が残るようであれば,それはそのままでウリにすればよい(図1)。

図1●切り口を見つけるための「XML思考法」の例
図1●切り口を見つけるための「XML思考法」の例

誇大広告ではなく,真摯な発信を心がけよう

 以上のように,顧客や顧客の製品をプロデュースするには,まず自分と,自分の事業所をプロデュースすることから始めてみよう。自分自身に対して行ったことを,顧客の企業に対して,トップに対して,あるいは,製品やサービスに対して行えば,顧客のプロデュースになる。

 ただし,セルフ・プロデュースにおいては,いくつか注意すべきことがある。

 まず,自らの姿や理念を偽らないことである。もし自分の能力以上のWebサイト制作を顧客から打診されたとき,協力を依頼できるパートナーや外注先もないのに,PRのためという理由だけで,ホラを吹いてはならない。

 そして,「Web制作者として,こうありたい」という理想の姿を,現実の自分から遊離させないことである。努力目標として,理想を少しだけ高めに設定することには,努力を促すという面で意味がある。だが,高過ぎる目標を掲げることは,地に足の付かない事態を招いてしまう。自分を見つめ,自分の出来ることを最大限に引き出して,顧客に提供するという,真摯な姿勢を持とう。行き過ぎた自己PRは禁物だ。

 セルフ・プロデュースは,あくまで自分自身を適切に表現し,相手に正確に伝えて理解を促すための方法であって,見せ掛けのイメージを作り上げる方法ではない。企画宣伝とは,本来あるべき要素を引き出して広く知らしめることであり,計算や打算による虚飾を生み出すことではない。仕事は生きかたに通じるのだから,常に自らを戒めながら,プロデュース作業に臨もう。

 さて,読者の皆さんは,自分の売り込み方を考えてみたことがありますか? 売り込みで成功した経験や失敗談があったら,ぜひ「コメント」ボタンから,他の読者の皆さんに伝えてほしい。