顧客候補の「ど真ん中」のタタキ台を提案するには,Web開設による達成目標や,開設目的を明確にしておく必要がある。初回面談のノッケから「外してしまう」と,顧客を振り向かせることは厳しくなってしまう。営業力で修復しようとすればするほど,すれ違うこともあるから,とにかく初期の段階で「外さない」ことが肝心だ。

達成目標や開設目的をおさえて,タタキ台を作成しよう

 達成目標や,開設目的によって,最低限外してはならないチェックポイントは異なる。下記の表にリストアップしてみた。

表1●Webの開設目的別,企画時のチェックポイント
[画像のクリックで拡大表示]

 例えば,顧客候補が新たな取引先確保や,公共の助成金申請等にあたって,プレゼンテーション用のWebサイトを一時的に開設することがある。プレゼンテーション用Webではインパクトが最重要だ。ところが,会社設立や事業所および営業所開設の告知のためのWebサイトでは,インパクトは誠実な姿勢を妨げるもので,むしろ邪魔になる。

 情報伝達のためのWebサイトでも,一般ユーザーに対する啓蒙が目的であれば,文章や図は平易でなければならず,場合によってはルビを振ることすら必要だが,特定の業界情報の検索が目的であれば,難解でも詳細な情報を掲載しなければならない。

 そのようなポイントをおさえて,タタキ台を作成する必要がある。また,Webの目標や目的を理解している制作者であること,その理解の上に最善の制作物を提供できる自信があることを,顧客候補に対してアピールしなければならない。

「誠心誠意」で,道を切り拓け!

 顧客がタタキ台を気に入り,心で握手できそうな関係になったら,ただちに要件定義,企画書作成,概算見積書提出と,たたみかけよう*1。小回りの利く小規模事業者の利点を生かし,タイミングを逃さないように,機敏に動くのだ。そして,良い感触を得られたら,顧客が企画や見積金額を検討している間にも,先行して制作準備を開始したほうがよい。

*1 第1回目の図「企画に際して必要な,最低限の作業」を参照。

 10名単位で動いているプロジェクトであれば,顧客側にゲタを預けた検討期間は,しばし一息つける休息の時間になるのだが,小規模事業者にとっては逆である。この期間が,いちばん気の抜けない,顧客と末永く付き合える関係を築けるかどうかの大切な時間だ。

 一般的には,「発注」の声を聞くよりも先に制作準備を始めようものなら,万が一受注できないと徒労に終わってしまうと考えがちだ。しかし,そこで尽くしたキメ細やかなサービスは,Web以外の仕事になって返ってくるかもしれないのである。資本や人脈の少ない小規模事業者が道を切り拓くには,「企画力」と「技術力」,そして「誠心誠意」の4文字しかない。

 顧客に「誠心誠意」を尽くすには,次の三つを企画して実施することだ。これは,Webに限ったことではなく,印刷媒体であれ,映像であれ,企画制作業務全般について共通である。

1) 取材―――顧客をよく知り,顧客の商品を社員以上に理解する
2) 宣伝―――制作物を,ありとあらゆる方法で宣伝する
3) 支援―――納品後も関係を保ち,アフタフォローを続ける

 今回はこの三つのうち,実制作の前段階で行う,原稿作成のための「取材」について,具体的に何をすればよいのか見ていこう。

原稿作成で,顧客に手間をかけさせるな

 10名単位のプロジェクトで動く場合は,見積に合意が得られて初めて画像や文章等の素材制作に着手するのが,標準的な工程である。また,原稿は,顧客側で作成するのが一般的だ。

 ところが,小規模事業者に依頼する顧客には,特有の傾向がある。経営陣はWebを開設したいのだが,担当できる社員がいなかったり,日常業務に追われて放置している,というケースが非常に多いのだ。初回打合せの時点から,原稿をまとめる時間がないとこぼす経営者もいる。調子の良い経営者が,意気揚々と「社内で書かせます!」と締切を約束しても,一向に原稿やデータが出てこないこともある。顧客は,目先の仕事をこなすのに手一杯で,Webどころではないのだ。成長いちじるしい企業や商店で,新規事業の開始や新店舗の開店にあたってWebサイト開設を考えている場合は,カタログ等の資料もないことがある。

 このような状況を困難だと考えるのではなく,むしろ幸運だととらえよう。顧客に原稿を要求するのではなく,制作者側が取材して原稿を作成したり,データ入力を支援できれば,感謝され,信頼関係を築く足がかりになるからだ。顧客から原稿をもらわなければ,企画も考えられず制作もできないというのでは情けない。顧客からの依頼や指示や原稿を待つだけではなく,自分から提案する姿勢を持とう。

 顧客の手がける事業,顧客の販売する商品,その業界の事情や展望を,強く知りたいと思う気持ちが,プランナーへの第一歩だ。

顧客とエンドユーザーの生の声を吸い上げよう

 取材を敢行するにあたっては,顧客の会社や店舗にデジカメやICレコーダーを持ち込む許可を得ておこう。部外者参加がOKの会合があるなら,出席させてもらおう。もし顧客が製造系であれば,工場や資材置き場といった現場にも,安全が確保されていれば出向けばよいし,もし顧客が食品関係なら,調理場にお邪魔させてもらえるよう頼んでみればよい。

 ただし店舗取材の場合は,お客様(一般消費者)を無断で撮影して掲載すると,後々問題になりかねないので,撮影時には許可を得ておこう。

 また,顧客にも,顧客(エンドユーザー)がいる。エンドユーザーとの窓口は,通常,顧客側の営業部や業務部の担当者だ。それらの社員に依頼して,エンドユーザーの生の声を吸い上げてもらえれば,Webサイトに生きた情報を掲載できる。エンドユーザーへの取材に際しては,制作者自身が動くのではなく,顧客側の社員にお願いしたほうがよい。旅費交通費や宿泊費の問題が発生する場合は,それらを制作費の見積に上乗せされることを顧客は望まないからだ。営業担当者や業務担当者が,エンドユーザーの会社や店舗に出向いた際に,30分程度取材をしてもらう程度なら,費用の問題は,まず発生しないと考えてよいだろう。

 営業や業務のような取材未経験者に,取材を任せるなどムリだろう,それこそ顧客側の事情を無視した行為ではないか,と思うかもしれない。ところが,筆者の経験では,それは杞憂だ。取材の際の簡単な質問事項をあらかじめ制作者側で用意しておけば,質問を読み上げて雑談するだけなので,さして負担にはならない。

 もちろん,エンドユーザー側には,事前に,撮影許可願いとともに,質問事項を知らせておく必要がある。この場合,エンドユーザー側が一般消費者ではなく企業体であれば,インタビューを受ける人は,役員ではなく,実務担当者のほうがよい。表面的ではないホンネを引き出せるからだ。率直で具体的な感想には力がある。

 もちろん,取材する側も取材される側も慣れていないから,世間話は混じり,方言は混じり,一貫性のない内容になることは覚悟しておかねばならない。制作者の聞いたこともないような業界用語や専門用語が飛び出す可能性だって大いにある。正確に聴き取るには*2,制作者側に顧客の業種に対する知識が求められる。また,取材内容を企画書に反映させたり,Webに掲載可能な文章に仕立てる力も必要だ。

 取材内容は,Webページに使うだけでは,もったいない。ワープロで原稿を作って顧客に渡せばよい。顧客は,その原稿をプリントして配布したり,メルマガに利用することもできる。自ら顧客に近付いて,顧客とその周りの人たちを,よく知るように努めてみよう。

*2 ICレコーダーに,雑音とともに重なって記録された複数の人の声を原稿に起こすには,SOHOの仲間の力を借りるのも一手だ。音楽の出来る人をあたってみよう。聴音が出来,鍵盤楽器を弾ける人は,正確に聴き取って迅速にキー入力できる。筆者もその一人だ。音楽と取材の間には,一見,何の関係もないように思われるが,実は非常に関係が深い。

商品や業務やサービスを五感で体験しよう

 顧客や,エンドユーザーについて知るだけではなく,顧客の商品や業務,サービスを知ることも必要だ。知識として知るのではない。体験するのである。

 顧客側に,取扱商品のカタログや営業資料がなかったり,資料があっても掲載されている情報が古いことがある。また,印刷物作成を手がけた制作会社から,コピーや説明文の再利用を禁じられることもある。そのような場合は,制作者自ら,顧客の商品等を理解して,原稿を書いてみよう。顧客側の事情に合わせて,融通を利かせて対応するよう心がけよう。

 例えば,もし顧客が開発系ならば,顧客の開発商品を自ら使ってみることだ。そして,顧客のユーザー・サポート担当者以上に使いこなそう。筆者は昔,顧客の製品を使いこなし,操作マニュアルから,エンドユーザーが操作を習得するためのセミナーの講師用テキストまでを担当したことがある。そこまで製品を熟知するのと,打合せや顧客からの原稿から得た情報しか持っていないのとでは,企画の幅が大きく異なる。アイデアの数や質,見せ方や切り口も全く違うものになる。

 もし,顧客が食品を販売する店舗だったら,主力商品を,舌と胃で理解できるまで味わってみることだ。

 もし,顧客が衣料品メーカーなら,その顧客の服を着てみて製造工程を見学し,可能であれば,工員の仕事を体験してみることだ。

 もし,顧客がフィットネスクラブなら,先行投資として会員になってしまうことだ。そして毎日通って,機器や会員の様子やメニューなどを観察する。他の会員と親しくなり,声を拾う。そうするうちに,PRすべき点がわかり始める。

 五感をフル稼働させて,頭だけでなく,身体感覚で「製品を知る」という積極性を持とう。自分で体験した情報と知識だけの情報では,原稿を書いたときにも説得力が違ってくるものだ。

原稿のテーマに悩んだら,5W1Hを思い出せ

 もし,顧客やエンドユーザーへの取材用の質問事項,商品やサービスに関する質問事項に悩んだときは,「5W1H」*3を思い出せばよい。この6項目さえ忘れなければ,基本をおさえた原稿になる。

*3 When,Where,Who,What,Why,How(いつ,どこで,誰が,何を,何故,いかに/どのようにして)を表す言葉。

 例えば,表1の中の,「達成目標」が「売上アップ」,「開設目的」が「既存商品案内」というテーマで,Webサイトを制作すると仮定しよう。「企画時のチェックポイント」を見てほしい。「詳細な仕様情報,類似商品との差別化,購入のメリット,ユーザーの生の声」とある。これらについて,5W1Hを考えていけばよいのである。

 ここでは,わかりやすくするために,地域の弁当店が「牛丼弁当」を,毎月1日だけ売り出すための,キャンペーン用サイトの制作を打診された,という仮定で説明する。

1) 詳細な仕様情報―――「いつ」「どの場所で」「何店が」「何のメニューを」「なぜ今,牛丼弁当を」「どのようにして仕入れ,加工して,どのような形態で」売り出すのか。

2) 類似商品との差別化―――「いつ」「どの場所で」「何店が」販売していた「何のメニュー」と,違いがあるのか。「なぜ」違うのか。「いかに」違うのか。

3) 購入のメリット―――「何時頃」来店すれば売り切れていないか。「どの場所で」食べるか(店内か,テイクアウトか?)「誰が」食べるか(サラリーマンか,子供か,学生か,高齢者か?)「何のメニューを」(組み合わせればバランスがよいか)「なぜ今,牛丼弁当を」を買うとトクなのか? 「どのようにして」食べれば美味しいか(新しい食べ方の提案)。

4) ユーザーの生の声―――「いつ」「どの店で」「誰が(客層)」「どの牛丼弁当を(どのメニュー,どのオプションを)」食べたのか?「なぜ」来店したのか?「どのようにして」来店したのか?(遠方の職場からバイクで駆けつけた,等)。

 以上のように,5W1Hに従って,内容を膨らませていけば,質問すべきこと,書くべきことは,山ほどあるものだ。むしろ,内容を絞り込むことのほうが難しいものである。

 こうして出来上がったラフ原稿を顧客に見せて,「言いたいことを網羅できているでしょうか?」と尋ねたとき,「ここまで自社のことをわかろうとしてくれている」という姿勢が文章から垣間見えれば,顧客の気持ちも動く。制作者側が情報を持てば持つほど,短時間でも濃い打ち合わせが出来るようになり,多忙な顧客も,Web開設に熱意を示し始めるに違いない。

 要は,気の利いた細やかな作業で,顧客の「心」に近づくことである。

 人情にすがりついて仕事を確保することを薦めているのではない。企画制作する対象について,深く理解すればするほど,より良いサイトを制作できるのである。

 さて,読者の皆さんが,ヒアリングや取材で,何か聞き忘れて,後で「あっ,しまった」と思ったことはないだろうか? 聞き忘れを防ぐ,何かよいアイデアがあったら,「コメント」ボタンから,他の読者の皆さんに,ぜひ教えてあげてほしい。