ここで改めて「ケース1」と「ケース2」を見てみよう。ケース1において発注窓口はB工場の工場長M氏。後ろ楯は生産管理本部のO部長である。M氏はO部長に判断をあおがなくては,自分では何も決められない。一方,O部長は決定事項を簡単に覆し,プロジェクトを強引にコントロールしようとする。

 ケース2の発注窓口はN工場の工場長W氏。後ろ楯は取締役・統括本部本部長のS氏である。W氏はプロジェクトに対して積極的で,一見頼もしい。だが,独善的で社内調整力が弱い。S氏は名目上の後ろ盾を自認し,腰が引けている。もうお分かりだろう。ケース1は後ろ盾主導型,ケース2は窓口暴走型ということになる。

 さて,あなたがかかわっているプロジェクト,あるいはかかわろうとしているプロジェクトの顧客は,どのタイプだろうか。判定の一助となる表を作成してみたので,顧客側の「発注窓口」,「後ろ楯」の様子を思い起こしながら,記入してみていただきたい(表1)。

表1●顧客のタイプを判別するチェックシート
表1●顧客のタイプを判別するチェックシート
あなたの顧客の発注窓口と後ろ盾の状況を思い起こし,白いマスの部分に0~3の点数を記入してほしい。A,B,C,Dごとに合計した点数で顧客のタイプを判別できる

 顧客の派閥事情や力関係などに関する情報を今まで遠ざけて来た人がいるかもしれない。だが,プロジェクトの成功確率を高めるために,「人」に関する情報をできるだけ積極的に集めるようにすべきである。

 なお,1つのプロジェクトが必ず1つのタイプだけに当てはまるわけではないことに注意してほしい。プロジェクトによっては,当初は理想型でも,顧客側の事情で「後ろ楯」や「発注窓口」が変わり,途中から「窓口暴走型」や「後ろ楯主導型」,あるいは,「空中分解型」に変化することがあり得る。そのためプロジェクト・マネジャーは,常に顧客側の布陣の状態に目を配らせておく必要がある。

タイプごとに対策を立てる

 顧客のタイプが分かると,発生し得るトラブルを予測し,対策を立てやすくなる。ここでは発生リスクが高いと思われるトラブルのうち代表的なものを挙げ,対策の方針を紹介しよう(表2)。

表2●発生する可能性の高いトラブルと対策の方針の例
表2●発生する可能性の高いトラブルと対策の方針の例
後ろ盾主導型,窓口暴走形,空中分解型の場合は,プロジェクトの成否を決する深刻なトラブルが発生する確率が高い。プロジェクト・マネジャーは顧客のタイプごとに発生し得るトラブルと対策の方針をあらかじめ知っておくことが重要だ

 理想型の場合はトラブルが発生する確率は低い。あえて挙げるとすれば,プロジェクト・マネジャーの上司によって,プロジェクトの途中に自社内のメンバーを変えられる恐れがあることだ。上司に対して「まったく問題ありません」,「すべて予定どおりです」という,よい報告ばかりを重ねていると,「安全なプロジェクト」だと思われ,当初確保したメンバーを他のプロジェクトに配置転換されてしまったり,メンバーの質を落とされたり,教育の場として若手メンバーを送り込まれる可能性がある。

 そこで突然メンバーを変えられないよう,防衛策を用意しておかなければならない。1人でも抜けるとプロジェクトの成功確率がどれだけ下がるのか,今後どのような突発的な事故や変更が起こり得るのかといったことを,社内に対して少々“過大”に認知させていく活動が必要になる。また途中経過報告を行う際も,「ここまでは予定通りだが,潜在的にはこれだけのリスクがある」という控えめな言い方をしておいた方がよい。

 「後ろ楯主導型」,「窓口暴走型」,「空中分解型」の場合は,高い確率で様々なトラブルが発生する。

 後ろ盾主導型で多発するトラブルは,発注窓口との間で一度決めたことが,後ろ盾によって簡単にひっくり返されてしまうことだ。

 そのため,重要な決定事項については必ず後ろ楯の了承を取るようにすべきである。例えば月に1回定期報告会を開催し,後ろ盾に必ず入ってもらい,これまで決定したことを報告,確認するようにする。

 ささいな変更事項でもできるだけ書面化し,後ろ盾に報告することが大切だ。その際,変更が生じた背景,変更の具体的な手順や手続きなども記述しておくとよい。

 窓口暴走型のプロジェクトは,顧客企業において全社的なサポートがないので,途中でプロジェクトそのものがなくなってしまったり,最悪の場合は代金回収ができなかったりすることがある。そこで絶対にチェックしなければならないのが,顧客全体の財務体質である。利益が上がっていない企業の場合,プロジェクトへの投資が容易に打ち切られる可能性があるので要注意だ。

 また発注窓口から「正式な契約には時間がかかるので,まずは着手してほしい」などと言われ,契約書を交わしていないケースも散見される。顧客社内で正式に決裁が出ていない「先走りプロジェクト」だと発覚した場合は,早急にストップをかけるべきである。同時に,相手側の代表印の入った正式な文書としての発注書をもらえるよう働きかけることも忘れてはならない。

 空中分解型では,顧客側に要望を一本化する人物や組織が存在しないため,いつまで経っても要望がはっきりしない。漠然としたテーマが決まってヒアリングに入ると,いろいろな部署から様々な要望が際限なく出てくる。発注窓口と後ろ盾はそれらの優先順位を付けられないので,プロジェクトはどんどん混乱を極めていく恐れがある。

 対策例としては,顧客が意思決定をしやすいように,パッケージ化された選択肢を用意することが挙げられる。例えばコールセンター関連のシステムならば,社内の事務効率向上を目的にするか,顧客満足度の向上を目的にするかで設計思想が大きく異なる。それぞれの場合にどのようなシステムになり,どれくらいのコストになるかを提示し,先方に選択してもらう方法が現実的だ。

 また整合性の取れていない要求が寄せられ混乱を引き起こすのを防ぐため,個々の要望は相手側の発注窓口のところで取りまとめ,個別には受け付けないというルールも作るべきである。

 発生する可能性の高いトラブルを前もって予測することは,プロジェクト・マネジャーの仕事の基本中の基本と言っても過言ではない。プロジェクトの進行管理を行うだけではなく,顧客側の体制もじっくりと見つめることで,あらゆる状況に対応できる「真のプロジェクト・マネジャー」を目指していただきたい。

梅村 正義 (うめむら まさよし) イプセ 代表取締役
1959年生まれ。関西大学商学部卒業後,日本リクルートセンター(現リクルート)入社。HRM室,組織人事コンサルティング室などを経て99年にイプセを設立し,代表取締役に就任。組織,人事,人材育成を中心としたコンサルティング活動を展開している。著書に「プロマネの野望」(翔泳社/鎗田 恵美,秋山進と共著)がある