生活化学製品メーカーのK社は全国に物流拠点をもち,製品在庫管理からピッキング,出荷までを工場で処理している。中堅のシステム・インテグレータY社は,K社より,ピッキングから出荷までを行う工場のシステム化を打診された。全国各地にある工場で汎用的に使えるシステムを開発してほしいという。

 Y社でプロジェクトの責任者に指名されたのは,入社10年目のA氏だ。物流システム開発部の技術担当マネジャーの1人で,今までに10件以上のプロジェクトを経験している。

 K社におけるプロジェクトの中心人物は,本社生産管理本部のO部長である。受注までの交渉は主にO部長が行ったが,O部長は「細かい仕様に関しては,現場の意向を反映させたい」と考えており,プロジェクトの始動後は工場のトップがY社との折衝を担当することになった。窓口として白羽の矢が立ったのが,工場の中でもトップクラスの規模を誇るB工場の工場長M氏である。

 M氏はシステムに対する深い理解力があり,話の飲み込みも速かった。そのおかげもあってプロジェクトは特に大きな問題もなく進み,後はユーザーへのオペレーション指導を兼ねた運用試験をクリアするだけとなった。A氏が進捗管理を厳密に行ったおかげもあり,この段階で工程の遅れはわずか2日だけである。もちろん設計書に盛り込まれた要件はすべて満たしている。

 プロジェクトの初期段階からM氏との打ち合わせはいつもスムーズに行われていたが,実はA氏にとって,1点だけ気にかかることがあった。M氏に物事の判断をあおぐと,「私はこれでいいと思うが,決定はO部長が同席の場で」,「お話はよく分かりました。O部長に伝えます」というように,自分では決定を下さないのである(図2)。そうしたM氏の態度にA氏は一抹の不安を感じることがあった。だが,「そういう社風なんだろう」と自分を納得させていた。

図2●自分の意見を持たない「ケース1」の窓口担当者
図2●自分の意見を持たない「ケース1」の窓口担当者
発注窓口のM工場長は,自分で物事を決定しようとせず,必ず本社生産管理本部のO部長の判断をあおごうとする。実際にO部長の影響力は強く,現場で決めたことを簡単にひっくり返ってしまう

 運用試験の当日,その不安がトラブルとなってA氏を襲った。M氏ではなく,O部長から直接クレームの電話がかかってきたのである。「M君から設計の内容を教えてもらったが,これでは困る。△△△を処理できる画面がないじゃないか」。A氏は自信を持って「その機能は日次処理が終了したのち,○○○の画面で実行してください」と答えた。

 だがO部長の逆襲に,A氏は驚かされた。「それでは工場の業務が滞ってしまう。その機能こそが,システムの中核部分なんだよ。M君だってそう言っていただろう」。

 「聞いてません」と思わず叫びたくなってしまったA氏に,O部長はこうたたみかけた。「今の段階で,言った,言わないという議論をするのは不毛だ。しかたがない,私がなんとか調整しよう。その機能は私の言うとおりに作ってほしい。私は15年前に,実際に工場でその処理を行っていたんだから,私の言うとおりにすれば間違いない。それにしても,なぜもう少しM君ときちんとコミュニケーションを取ってくれなかったんだ?」

 O部長に従わないと事態は進展しそうにない。しかしO部長の言うとおりに設計して,満足のいく機能が実現できるとはとても思えない。暗たんたる思いにとらわれるA氏だった。

(次回へ)

梅村 正義 (うめむら まさよし) イプセ 代表取締役
1959年生まれ。関西大学商学部卒業後,日本リクルートセンター(現リクルート)入社。HRM室,組織人事コンサルティング室などを経て99年にイプセを設立し,代表取締役に就任。組織,人事,人材育成を中心としたコンサルティング活動を展開している。著書に「プロマネの野望」(翔泳社/鎗田 恵美,秋山進と共著)がある