プロセサの高速化,ハードディスクなど記憶装置の進化,OSやソフトの高度化,そして高速ネットワークの普及。パソコンはここ10数年で大きく進化し,仕事の道具として急速に職場に浸透したことは,ご存じの通りである。ここ最近でもデュアルコア・プロセサ「Core 2 Duo」シリーズや来年登場する「Windows Vista」など,話題にはこと欠かない。

 ところがいま,職場においてパソコンの“あり方”が問われている。先般ITproに掲載された記事「ある元パソコン少年の独白」でも指摘していたように,情報漏えいやウイルスなどのセキュリティ対策,OSやソフトのバージョンアップを考えると,パソコンのデメリットが極端に目立つ。クライアント側は画面表示と入力以外取り払う「シンクライアント」が注目を浴びている理由は,よくわかる。

 そうした向きに勢いをつけているのが,Webアプリケーションの進展である。営業支援ソフトなどをネット経由で提供している米セールスフォースのマーク・ベニオフCEO(最高経営責任者)は,東京で10月に開催されたプレス向け説明会で,次のように語っていた。「グーグルが提供しているワープロや表計算ソフト(Google Docs & Spreadsheets)のように,企業向けの業務アプリケーションも,パッケージからインターネット上のサービスである『SaaS』に変わる」。SaaSはSoftware as a Serviceの略で,ネット経由でアプリケーションを提供する形態を指す。

 今すぐに仕事で使えるかどうかは別にしても,ベニオフ氏の言うように,メールも文書作成もWebブラウザさえあれば済む日はそう遠くもなさそうだ。さまざまな側面から見ると,確かにパソコンは形勢は不利。もはやパソコンは,企業での居場所を失いつつある---。こうした声も聞こえそうなほどである。

“現実解”としてのパソコン

 だが,パソコンの使い方はメール,Webブラウザ,ワープロと表計算だけではないだろう。知的労働者が何か実現したい仕事の成果や目標を打ち立て,「そのためにもっとさまざまなソフトを使いたい,カスタマイズしたい」と願った時はどうだろうか。

 定型業務ならば,Webから“プッシュ”される機能だけで構わない。しかし生産性の向上を目指すパソコンのパワー・ユーザーは,Web上にある“お仕着せ”のソフトや機能に飽き足らないはずである。少なくとも現時点では,サーバー側でパワーユーザーのニーズに応える準備が整っているとは言い難い。そう考えると,いまのパソコンは,問題はあれども私たちが大切にすべき現実解だろう。

 米IT調査会社ガートナーのデイビッド・スミス フェローは,企業パソコンの新しい利用形態として,「従業員所有PC」という考え方を提示している(「経営とIT新潮流」の関連記事)。従業員所有PCとは,企業が従業員にパソコンの所有権や選択権を渡す形態。従業員は一定のルールの範囲で自由にパソコンの機種を選択できるが,自分の責任で管理する必要がある。ITproでも谷島編集委員がこの考え方を記事で紹介し,話題を呼んだ(谷島編集委員の「記者の眼」)。

 念のため申し上げておくと,従業員所有PCは,何もパソコンの管理を従業員に一任することが狙いではない。根底にあるのは,「ユーザー中心」という考え方である。「ユーザーの働くスタイルに応じて,ユーザーに合ったパソコンを選ばせる」(スミス氏)ということなのだ。

 そうは言っても,従業員にパソコンの管理をまかせることには,セキュリティ上の懸念がつきまとう。ウイルス対策や情報漏えいはどうするのか。不具合があるパソコンのメンテナンスについても,まるっきり放っておくわけにもいかない。

 こうした懸念に対しては,いくつかの解決策が登場しつつある。インテルのビジネス・パソコン向け技術群「vPro」も,その1つだ。

 vProでは仮想化技術を使って,Windowsなどユーザーが通常使うOSとは別に,1台のパソコン上に管理用の“別のマシン”を並行して動作させる。これにより,セキュリティ対策や大量のパソコンのメンテナンスを容易にする。年末に向けて各パソコン・メーカーからvPro搭載パソコンが出荷される予定だ。

 試験導入を除けば,まだ利用している企業はないので確定的なことは言えない。だがvProの機能を見る限り,相応のメリットは得られそうだ。例えば,三菱東京UFJ銀行はvPro搭載パソコンの検証を進めているという。同行の根本武彦 執行役員システム部長は,「数十万台規模のパソコンを抱える当行にとって,vProは非常に有効だろう」と期待を寄せる。

 セキュリティや管理のことを考えると,確かにシンクライアントやSaaSの方が便利だ。しかし,ネットワークの帯域や信頼性のことを考えると,情報システムを全面的に委ねることに躊躇(ちゅうちょ)する企業ユーザーは多いだろう。その点,パソコンそのままの使い勝手で,セキュリティと管理性能を確保しようというvProの考え方は,現実解として間違っていないと思う(もちろんインテルにとっては,高性能プロセサの必要がないシンクライアントの存在が面白くないのだろうが)。vProは,未来のユーザーから「廃れ行くパソコンの延命措置」と位置付けられる可能性もある。ただ,現在に生きる私たちにとっては,必要な技術だろう。

 企業を支えるプラットフォームとしてのパソコンは大きな曲がり角を迎えている。もしかしたら,現在のような使い勝手を持つパソコンは滅んでしまうのかもしれない。あるいは,問題や課題を解決しつつ,折り合いを付けつつ,新たな形に進化するかもしれない。いずれにしてもその行方は,ビジネスパーソンにとって見逃せないものであることだけは間違いない。

 ITproの姉妹サイト,「Enterprise Platform」では10月から,「パソコンの自由と管理」というテーマを掲げ,パソコンによる仕事の生産性向上,クライアント管理などさまざまな側面から「企業プラットフォームとしてのパソコン」を考えている。10月末には,「仕事とパソコン」というテーマで1300人から回答を頂戴したアンケートの結果を紹介する予定だ。

 もしよろしかったら,企業プラットフォームのしてのパソコン,仕事の道具としてのパソコンについて,読者の皆さんのご意見をお寄せいただきたい。