メンタリングが成功するかどうかは,メンターとメンティーが信頼関係を築けるかどうかにかかっている。こうすれば必ず信頼関係を作れるというテクニックはない。ただし,フォーマル,インフォーマルにかかわらず,メンターがメンティーと接する際に最低限守るべき原則は存在する。ここではメンターとしてやるべきこと,やってはいけないことを説明する。これらは米国の心理学者であるC.ベルが提唱したメンタリングの対話の原則をもとに,筆者が,今までのメンタリング導入のコンサルティングを通して整理したものだ(図5)。

図5●メンターがやるべきこととやってはならないことの例
図5●メンターがやるべきこととやってはならないことの例
C.ベルがまとめたメンタリングにおける対話の原則をもとに,メンターがやるべきこととやってはならないことの例を挙げた。メンタリングにおいては,メンターはあくまでも「よき相談者,支援者」であって,「厳しい指導者」になってはならない

 まずメンターが守るべき原則を7つ挙げよう。

(1)徹底して聞く

 メンターは多くの面でメンティーをはるかに超える存在であることが多い。メンティーに対して,教えたいことや話したいことがいっぱいあるはずだ。だから,どうしても一方的に話しがちになる。だが,メンターはその気持ちをぐっと抑えて,メンティーの話したい気持ちや質問する意志を尊重しなければならない。メンティーに心を開かせるには,まず思う存分話をさせることである。

(2)反論を許す

 「私に言いがかりをつけているのか。黙って言われたとおりにやればいいんだ」――。メンティーからちょっとでも反論されると,むきになって説き伏せようとするメンターがいる。メンターが反論を許さないため,メンティーがやる気をなくしてしまったケースを,筆者は何度も目にしてきた。

 メンターはメンティーに対して,自分の考えや主張を受け入れさせようとしてしまいがちだ。それではメンタリングは成り立たない。メンターはメンティーの反論を受け止め,許容しなければならない。頭ごなしの説得はメンティーの自発性を失わせる原因となる。

(3)温かい雰囲気を作り,励ます

 メンターは,ときにはメンティーを突き放すことも必要だ。だが,それが有効であるためには,メンターはメンティーに対して愛情を持ち,メンティーが常にそれを感じ取っていなければならない。その意味でメンタリングは子育てと変わらないと言ってもよい。そのためにもふだんの雰囲気作りが大切だ。メンターはメンティーに対して,日頃から「あなたのことを応援している」,「あなたのためになることを考えている」という態度を示す必要がある。

(4)学習と成長の実態を把握する

 メンタリングの大きな目的はメンティーの成長を支援することだ。そのためにも,メンターはメンティーの成長の状況を正確に把握しなければならない。例えば,メンタリングが始まってからメンティーは何ができるようになったのか,メンティーの関心はどのように移り変わっているのか,仕事をする上で何が障害になっているのか,何に悩んでいるのかなどを継続的に記録する。それらを把握することでメンタリング・プログラムの軌道修正も可能になる。

(5)将来的なキャリア像を示す

 メンターがメンティーより優れているのは,技術スキルだけではない。一般的にメンターは,様々な経験や思考を通じて得た,社会人としての深い洞察力を備えているものだ。社会や経済,IT業界は,これからどのように変化していくのか。そして,その中でITエンジニアはどのような役割を果たしていけるのか。そうしたテーマについて話し合うことは,メンティーにとって,将来的なキャリア像を見出す際の大きなヒントとなるはずだ。

(6)メンティーと価値観を共有する

 メンターとメンティーが一緒に何かを成し遂げるためには,同じ価値観を持つことが大切である。もちろん,あらゆることについて同じ価値観を持つのは不可能だ。対話を重ねることで,共有できる価値観を見つけ,増やしていくのである。価値観の共有は,時間がかかる。だが多くの価値観を共有できるようになれば対話もより活発になるし,メンティーからの反論も苦にならなくなる。

(7)自分自身が一生懸命学ぶ

 メンターが一生懸命支援しても,メンティーが思うようについてこないと悩むことがある。これについても子育てと同じだ。親に学習への意欲がなければ,どれだけ子供に「勉強しろ」と言っても効果はない。もし,メンティーに学習意欲がないと感じたら,メンターは自分自身が一生懸命仕事をし,継続的な学習と成長を心がけているかを反省することである。

メンターには忍耐力が必要

 では,メンターがやってはいけないことは何か。それは,上記と反対のことと考えればよい。自分の考えや経験を押し付けたり,反論の機会を与えないのはメンターとして失格だ。本人は気がついていなくても,メンティーからすると,考えを強要されているように感じるときがある。メンターは常に「自分の考えを一方的に押し付けていないか」と自問自答することが必要だ。

 またメンターの中には,メンティーに対して何でも手取り足取り教えようとする人をよく目にする。最初から手本を見せて教えた方が手っ取り早いと考えるのだろう。しかし,そこは我慢のしどころだ。知識を外から詰め込もうとしてはいけない。メンティーが自発的に知識を求め,身に付けようとするまでじっと待つことが大切である。その意味で,メンターには“忍耐力”が必要なのだ。

 以上でメンタリングの基本的な内容と実践する際の注意点を解説した。メンタリングは,メンターとメンティーが互いに刺激しあうことで,ともにスキルを高めあうことができる。若手の育成だけでなく,自分のスキルアップやキャリアアップにも,ぜひ役立てていただきたい。

大浦 勇三(おおうら ゆうぞう)/大浦総合研究所 代表,LLPモバイル 代表
大浦 勇三(おおうら ゆうぞう) 早稲田大学卒業,筑波大学大学院修了。アーサー・D・リトル 主席コンサルタントを経て,現職。 経営戦略,IT戦略,人材教育・育成,プロジェクトマネジメントなどのコンサルティングを行う。 主な著書に,「業務改革成功への情報技術活用」(東洋経済新報社),「IT技術者キャリアアップのためのメンタリング技法」(ソフト・リサーチ・センター),「イノベーション・ノート」(PHP研究所)などがある