通常,企業の中でメンタリングは企画部門,人事部門,教育部門,管理部門などが中心になって進める。担当部門を中心に,「誰が誰に対して,何を,どれくらいの期間にわたって支援するのか」といったプログラムを作成し,組織的にメンタリングを展開するのが一般的だ。

 ただし,メンタリング・プログラムに模範解答はない。企業や組織によってプログラムの内容は異なるものだ。育成すべき人材像は,事業の内容やそこで求められるスキル,組織の文化風土や価値観によっても大きく左右されるからだ。

 だからプログラムの内容を,枠にはめて考える必要はない。かといって,プログラムを作成することなくスタートするのは無謀である。例えばメンターとメンティーが定期的に対話する仕組みを作らないと,いつの間にか疎遠になってしまうかもしれない。また学習や成長の目標を設定しないと,単なる“慰め合い”や“馴れ合い”になってしまう可能性がある。

 以下では,組織的にメンタリング・プログラムを作成し,メンタリングを実施する際の手順を紹介する。メンタリングの実施は2つのフェーズに分けて進める。まずメンタリングの狙いを明確にして,メンタリング・プログラムとその評価プログラムを作成する「フェーズ1」(図3)。そしてメンタリング・プログラムを実行し,結果を評価する「フェーズ2」である(図4)。

図3●メンタリング・プログラムの流れの例(フェーズ1)
図3●メンタリング・プログラムの流れの例(フェーズ1)
一般的にメンタリング・プログラムは大きく2つのフェーズに分けて行われる。フェーズ1では,メンタリングの狙いを明確にして,具体的なメンタリング・プログラム(教育プログラムと運用プログラム)および評価プログラムを作成する

図4●メンタリング・プログラムの流れの例(フェーズ2)
図4●メンタリング・プログラムの流れの例(フェーズ2)
フェーズ2ではプログラムを実行し,その内容の評価を行う。組織的にメンタリングのノウハウを蓄積していくためにも,必ずプログラムの成果を評価し,修正と再設計を行うことが望ましい

 フェーズ1とフェーズ2はそれぞれ6つのステップから成る。まずフェーズ1から順を追って説明しよう。

【ステップ1 事業戦略の確認】

 一般的にメンタリング・プログラムは企業や組織の事業の方向に沿った形で考える必要がある。そこで事業の内容や戦略を改めて確認する。例えばコンサルティング事業を強化するのか,それともSI事業に特化しようとしているのかで,育成すべき人材像は異なってくる。

【ステップ2 サービス・ニーズの抽出】

 顧客に対してどのようなサービスを提供することが求められているのかを洗い出す。その上で,そのサービスの実現に不可欠な技術スキルやヒューマンスキルを抽出する。

【ステップ3 スキル資源分析】

 会社や組織に所属する人のスキルの現状がどうなっているのかを調べる。さらに,例えば3年先に,どのようなスキルを備えた人がどれだけ必要なのかという計画(スキル配置計画)を立てる。

【ステップ4 教育プログラム体系の構築】

 将来のスキル配置計画と現状とのギャップを確認し,どのようなスキルを伸ばせばいいのか,どのような人材を育成すべきかを検討する。それをもとに,人材教育プログラムの方針や体系,運用方法を立案する。

【ステップ5 メンタリング・プログラムの設計】

 人材教育プログラムの全体的な体系を踏まえて,メンタリング・プログラムを設計する。メンタリングの目的,対象,評価方法などについて検討し,プログラムの内容や推進方法を明確化する。

【ステップ6 評価プログラムの作成】

 メンタリング・プログラムの成果を測定する方法を検討し,評価プログラムを作成する。例えば,メンティーの学習や成長の度合いをメンターが評価する方法,メンティーの直属の上司が評価する方法,またメンティーが自分で成果を申告する方法などが考えられる。

2人の相性が成否を決める

 続いてフェーズ2では実際にメンタリングを進め,成果を評価する。

【ステップ7 プログラムの開始準備】

 メンタリング・プログラムの開始に必要な準備を行う。必ず行うべきなのは,メンタリング・プログラムの内容について,経営トップや部門長からの最終承認を得ることである。新たな人材育成制度の導入は,様々な困難を伴うものだ。経営トップや部門長の理解と支援があるかどうかは,メンタリング導入の成否を分けると言ってよい。

【ステップ8 プログラムの公示と対象者の選抜】

 メンタリング・プログラムの存在と内容を会社全体に知らせて,候補となるメンターとメンティーを抽出する。メンターとメンティーは同じ部署の人間でなくてもかまわない。また,メンティーに幅広いスキルを身に付けさせるためには,社外の人間にメンターを依頼するのも手だ。

【ステップ9 オリエンテーション】

 メンターとメンティーにいきなりメンタリングを始めろと言っても,できるものではない。そこで選抜されたメンターおよびメンティーに対して,メンタリング・プログラムの目的や進め方について細かく説明し,理解を得る。その上で,メンタリングに関するトレーニング教育を実施する。

【ステップ10 マッチングとメンタリングの実施,モニタリング】

 メンターとメンティーの「プロファイル」を基に,マッチング(お見合い)を行う。プロファイルとは,メンターとメンティーのそれぞれの経歴,職務,業務上の目標,強みと弱みなどを記したものだ。プロファイルを元にマッチングしても,どうしても相性が合わないという場合は,最終的には双方の意見,特にメンティーの意志を尊重すべきだろう。

 実際にメンタリングを開始する際は,最初に適当な試行期間を設定することが望ましい。それに続いて本格的なメンタリングがスタートする。実施後は,担当部門が継続的にモニタリングを実施し,必要な支援を行う。

【ステップ11 プログラムの評価とフィードバック】

 3カ月後,半年後など,一定の期間を経た時点で,メンタリングの成果を評価し,その後のプログラムを修正,改良する。

【ステップ12 プログラムの再設計】

 社内,もしくは組織内で行われたメンタリングの成果を集約し,メンタリング・プログラムが人材教育プログラムの一環として本当に効果を発揮しているかを見直す。その評価を今後のメンタリング・プログラムや人材教育プログラム全体の再設計につなげる。

自発的に進めるメンタリング

 以上で示したのは,あくまでも理想的なステップだ。メンタリングを組織的に進める体制が整っていないという場合もあるだろう。その場合は,個人同士で自発的にメンタリングを行うことも可能だ。

 「あいつを一人前にしてやる」と後輩の指導に名乗り出るような場合があるとしよう。その際,以上のステップで示したように,互いに学習や成長の目標や達成時期などを確認し,一緒に成果を評価する仕組みを作るといい。目標達成の期限を決めれば対話の内容もおのずと濃くなるし,付き合い方にもけじめが生まれる。

 これは,組織的かつ公的に実施する「フォーマル・メンタリング」に対して,「インフォーマル・メンタリング」と呼ばれる形態である。インフォーマル・メンタリングは,本来のメンタリングの原型とも言えるものだ。その場合は,あくまでもお互いの合意のもとで進めるのが原則である。

大浦 勇三(おおうら ゆうぞう)/大浦総合研究所 代表,LLPモバイル 代表
大浦 勇三(おおうら ゆうぞう) 早稲田大学卒業,筑波大学大学院修了。アーサー・D・リトル 主席コンサルタントを経て,現職。 経営戦略,IT戦略,人材教育・育成,プロジェクトマネジメントなどのコンサルティングを行う。 主な著書に,「業務改革成功への情報技術活用」(東洋経済新報社),「IT技術者キャリアアップのためのメンタリング技法」(ソフト・リサーチ・センター),「イノベーション・ノート」(PHP研究所)などがある
次回に続く