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吉川 肇子(きっかわ・としこ)

慶応義塾大学商学部助教授

1982年、京都大学文学部(心理学専攻)卒業。85年早稲田大学文学研究科修士課程(心理学専攻)修了、88年京都大学文学研究科博士課程後期(心理学専攻)単位取得退学。89年京都学園大学法学部専任講師などを経て、98年に慶応義塾大学商学部助教授に就任し現在に至る。99年に京都大学で文学博士号を取得。主な著書に『リスクとつきあう-危険な時代のコミュニケーション』(有斐閣)、『防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション』(共著、ナカニシヤ出版)などがある。

 リスクコミュニケーション(risk communication)は、1980年代から欧米で使われるようになった比較的新しい言葉です。リスクコミュニケーションという用語の使い方は分野によって微妙に異なりますが、ここでは「リスクについての情報や意見のやりとりを行うこと」という最も広い定義に基づいて話を進めます。

■先行する原子力、化学物質管理、食品分野

 リスクはあらゆる分野に存在するので、政府や自治体の仕事の中でもリスクコミュニケーションが関係する領域は広いといえます。行政がリスクコミュニケーションという言葉を使って、これに積極的に取り組んでいる分野としては、原子力、化学物質管理、食品を挙げることができます。例えば、2000年度の「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」にリスクコミュニケーションの重要性が述べられています。

 また、化学物質の分野では、PRTR制度(化学物質排出移動量届出制度、2001年)や土壌汚染対策法(2002年)の実施によって、地域住民との対話が関心を持たれるようになってきました。食品分野でリスクコミュニケーションが注目を浴びるようになったのは、日本でのBSE(牛海綿状脳症)感染牛の発見がきっかけでした。2002年に発足した食品安全委員会には、リスクコミュニケーション専門調査会が設置されています。

 環境省と経済産業省は、リスクコミュニケーションについてのWebサイトを開設しています。環境省は「化学物質に関するリスクコミュニケーション」、経産省は「リスクコミュニケーション」というサイトです。地方自治体では、北九州市がPCB(ポリ塩化ビフェニル)の処理に関して、東京都が有害化学物質対策に関して、それぞれリスクコミュニケーションの考え方に基づいて地域住民と対話する機会を設けるなどの取り組みを実施しています。

 また、防災など「安全・安心」の分野においても、近年関心は高まってきています。しかし現在の段階では、「自治体から住民への情報提供をどうするのか」ということが関心の中心で、まだ情報や意見の「やりとり」までには至っていないという印象を持っています。

 このほか、行政とは直接関係はありませんが、医療分野でも、リスクコミュニケーションという言葉こそ使われていないものの、中身はリスクコミュニケーションそのもの、という活動が取り入れられています。インフォームドコンセント(治療における納得と同意)や、製薬業界のゲット・ジ・アンサーズ キャンペーン(get the answers campaign:薬について積極的に質問をしようという運動)などです。

■「科学的なリスク評価の結果を伝える手段」という誤解も

 リスクコミュニケーションは、使われるようになって日の浅い言葉ですから、まだ十分に活用されているとはいえません。一部には、「科学的なリスク評価の結果を伝える手段」と見なす考え方も根強くあるように思われます。また、「住民はリスクについての知識がない」とか「住民はリスクゼロを求めている」というような不正確な前提に基づいて、一方的に情報を伝達するような、あたかも先生が生徒に教えるようなコミュニケーションをリスクコミュニケーションと呼んでいる残念な例もあります。

 さらに、リスクコミュニケーションが問題とするリスクそのもの、すなわち科学者や行政の判断のもととなる科学的リスク評価が、正しいものかどうかという議論があることにも注意すべきと思います。リスクコミュニケーションという言葉が生まれた時代背景の一つに、科学だけでは適切な意思決定ができないと実感される場面が増えてきたことがある。少なくとも私は、そう理解しています。科学的リスク評価の正当性には、常に議論がつきまといます。その評価を、政策をはじめとする社会的な意思決定に、そのまま反映してよいかどうかについては、さらに議論のあるところといえるでしょう。

 科学に固執した典型的な失敗例が、英国のBSE政策です。「感染リスクは限りなくゼロに近い」という科学者の判断のみを重要視しため、BSE発見後の約10年間、適切な対策を施すことができませんでした。結果的に、英国の牛肉と同国政府への信頼は、国際的に大きく低下しました。

■気軽に相談できる電話ホットライン開設が有用

 強調したいことは、リスクコミュニケーションの本質は、情報を伝えるよりもむしろ「聴くこと」にあるということです。すなわち、「いかに適切に住民の意見をくみ取るか」がリスクコミュニケーションの成否を決定しているということです。リスクについてわかりやすく説明し、住民に理解をしてもらうことも確かに重要ですが、それだけなら従来の広報と何ら変わりがありません。

 リスクコミュニケーションの考え方の背景には、住民を「行政サービスを受ける顧客(customer)」とみなす考え方があります。住民の意見や要望を的確に把握していなければ、リスクがかかわる問題について、自治体が適切な意思決定をすることはできないでしょう。欧米では、住民からの意見を聞くために、行政機関の相談窓口の充実が図られています。欧米の多くの自治体で、電話によるホットラインの開設、専門の職員の配置、Webサイト経由での意見収集などを行っています。求められているのは、「マーケティング・センス」です。

 中でも、電話によるホットラインはかなり有望なツールです。電話の対応は面倒なことのように思われますが、見方を変えれば座っているだけで情報が集まってくるわけで、とても"楽な手段"と見ることもできます。日本では、最近設置する自治体が増えてきたコールセンターに、特定の目的のためのホットライン機能を持たせることも考えられるでしょう。

 ホットラインの有効性は、消費者の支持を得ている企業ほど、「お客様窓口」に費用も人も投入していることを考えれば明らかでしょう。「うるさい住民が電話をかけてきて面倒」と否定的に考えるのではなく、「文句を言ってくれてありがとう」というくらいの姿勢で聴いてこそ、情報が生きてくるのです。

 そして、対応した案件をデータとして記録しておけば、「住民がどういう問題に関心を持つのか」「何を気にしたり不安に思ったりするのか」などについて分析できます。こうしたデータベースを持っていれば、通常の住民説明会で配布する説明資料を作る際にも、住民の関心に沿った質の高いものを作れるのではないでしょうか。

 加えてホットラインは、意見の収集だけでなく、リスク問題の発見につながることもあります。例えば2004年に発生した鳥インフルエンザ事件では、京都府の養鶏場で感染の通報が遅れました。ささいなことでも気軽に通報や相談ができるホットラインのような仕組みがあれば、初期の段階で事件の拡大を防げたかもしれません。

 リスク問題の初期にはありがちなことですが、比較的小さな変化を認識しても、それが通報するべき水準の問題かどうか、判断に迷う場面は多くありそうです。当事者であればなおさら、事態を過小に評価するような状況解釈のゆがみが生じることもあります。また、通報者が専門家でない場合は、たとえ情報を持っていても、その情報の意味や価値が分からないこともあるでしょう。従って、情報の軽重を通報者が判断するのでなく、情報を集約している行政機関がその判断をする方が、より適切に判断ができるケースも少なくないのです。

 このように、ホットラインがうまく機能すれば、情報収集、リスク問題の発見に大いに役立つことになります。

 リスクコミュニケーションの将来については、私自身は楽観的な見通しを持っています。もし、この新しい考え方が行政に適切に生かされるならば、住民と行政との新しい関係の構築が可能になるはずです。特に、防災や医療などの分野でよりリスクコミュニケーションの活用が進めば、政府や自治体はもっと住民に近い存在となることができると思います。