IDC Japan ITサービス  伊藤 未明 氏 伊藤 未明 氏

IDC Japan ITサービス シニアマーケットアナリスト
主要ITベンダーのサービス分野別売上動向や顧客業種別ITサービス動向の調査・分析,市場予測を行うほか,SOA,Webサービスなどの調査を担当。

 病気の治療は医師による診断から始まる。診断とは症状に名前を付けることであり、名前を付けない限り、少なくとも近代医学の治療対象とはなりえない。およそあらゆる解決策(ソリューション)とは、問題に名前を付けることから始まると言っていいであろう。

 それはITにおいても同様である。かつて「構造化プログラミング」が提唱された時、それが解決する問題に分かりやすく巧妙な名前が付いた。「スパゲッティ・コード」がそれである。また、「オープン化」への取り組みは、「オープンでない」状態が「レガシーシステム」と呼ばれるようになり、一段と注目されるようになった。

 SOA(サービス指向アーキテクチャ、Service-oriented Architecture)という設計思想が提唱されて数年が過ぎた。SOAをITの問題点を解決する手段として見た時、それが解決するものは何と呼ばれているだろうか? それは「企業経営の俊敏さ」であり「ビジネスプロセスの柔軟性」であり「外部変化に対する適応性」と言われている。しかし、ITのアーキテクチャがサービス指向であることが、それらの問題に対してなぜ有効なのかは、かなり入念な説明を受けなければなかなか理解できない。少なくとも経営におけるITアーキテクチャの役割を熟知している人でなければ、このことを直感的に明らかとは思わないであろう。

分かりにくいSOAの概念

 実際、IDCが実施した調査によれば、SOAを理解しているユーザー企業はまだ少数である。SOA採用に対する態度を決めかねている企業の割合は、中小企業だけでなく、大企業でも30%近くに上る。SOAが本当に「俊敏な企業経営」「外部変化に対する適応性向上」に有効なのかどうか、見極めかねているというのが実情と考えられる。

 このような状況に直面して、アナリストやエバンジェリストと呼ばれる人々は一種の啓蒙活動に励んできた。詳細なチャートを盛り込んだホワイトペーパーを書くなど、SOAが意味するものを分かりやすく解説しようと試みてきた。しかし、上述の調査結果からも分かるように、それらは必ずしも成功していないようである。

 SOAに対する理解を深める上でより効果的なことは、定義づけに労力を費やすことよりも、SOAが解決すべき問題に着目し、それに分かりやすい名前を付けることではないだろうか。そのためには、サービス指向でないアーキテクチャが抱える問題を端的に表す名前、そこから懸念される事態をイメージできるような名前が望ましい。

 最近英語圏では、SOAではないITの状態を「silo-ed」と呼ぶことが多くなってきた。「サイロ型」とでも訳せるであろうか。農場で穀物などを貯蔵する、あのサイロである。互いに筒状の壁で仕切られ、相互の流通や連携のない状態を言い表している。これを直訳して「サイロ型アーキテクチャ」と呼ぶこともできるが、日本語ではむしろ「縦割りアーキテクチャ」とでもしたほうがよいだろう。

 柔軟性を欠く状態の名前としてイメージがわくし、組織内の構成員が自律的に動作しない、サービス指向でない、という点で、非SOAアーキテクチャの性質を言い得ている。この「縦割りアーキテクチャ」を広く使用していくことにより、SOAの導入効果に対する理解も深まることを期待する。