「バックログ」という言葉を滅多に聞かなくなった。本来システムを開発しなければならないが、まだ開発できていない積み残し案件のことである。日経コンピュータは1982年12月27日号において、バックログの問題を取り上げ、米国取材、大型調査、製品調査を組み合わせた大型特集として掲載した。情報システムをマネジメントするにあたって、問題を提起し、実態を調べ、解決策を提示する。こうした包括的なアプローチが日経コンピュータの売り物であった。

 「わざわざアメリカまで,何を取材に?」

 「バックログ問題の解決法を見つけるためなんです。例のソフトウエア開発の要求にコンピュータ部門が追い付けなくて,たくさんの受注残を抱え込んでいるという問題ですね」

 「アハハハハ――。そりゃ,アメリカだって,これが決め手といった解決法は,みつかっていません。あったらこちらが教えてほしい。日本ではどうなんです」

 バックログ問題の解決法を見つけ出そうという約20日間の米国取材の旅は,だいたいこんな会話からスタートした。

 システム部門,コンピュータ部門のソフトウエア開発の受注残が,多くの企業(団体)で深刻な事態になっているのは,改めて指摘するまでもない。今回の特集,「バックログ問題解決の道を探る」の企画に合わせて実施したユーザー・アンケートの結果をみても,「バックログが重要な解決課題」という回答が,全体のほぼ9割に達した。この調査の対象は、東京証券取引所第1部上場企業でコンピュータを導入している919社,回答企業は283社(回収率31%)であった。

 さらに,この9割のうち全体のほぼ2割に当たる55社が「最も重要な解決課題」という回答を寄せている(図1参照)。また,各社のバックログの現状は,ステップ数(回答社数78社の平均)でみると約53万ステップに達している。事務処理のソフトウエアで10万ステップを超えるものは「大規模開発」とみることができるから,この78社は大規模開発を5本程度バックログとして持っている計算になる。いかにバックログ解消問題が,企業のコンピュータ部門にとって大きな課題となっているかが,分かろうというものだ。

図1●バックログについて貴社はどのように考えられますか
図1●バックログについて貴社はどのように考えられますか。

 では,バックログ問題がコンピュータ部門の大きな課題として浮かび上がってきた背景は何なのか――。

 「最も大きな理由は,社内でコンピュータをもっと使いたいというニーズが目立って増え始めたこと。コンピュータが有力な仕事の道具だという認識が社内のユーザーに急速に広がり始めている。こうしたニーズに対応し,わが社では分散処理用のコンピュータ導入を決めたところだ」(三菱石油)。

 「何と言っても開発要員の不足が痛い。最近,ホスト・コンピュータをレベルアップしたが,このハードの能力増に対し人員が追いついていかない」(日産化学工業)。

 同じアンケートで,「バックログが生まれた要因は」という問に対し,最も多い回答が「社内ユーザー部門のシステム化のニーズの急増」(79%,複数回答可)だった。何と5社に4社が,社内ユーザーのコンピュータ利用熱の高まりに対応し切れていないという結果となった。さらに,「開発要員の不足」(63%)が,バックログ問題の第2の要因となり,「ソフトウエア・メンテナンスの急増」(48%),「コンピュータ部門内のシステム化ニーズの急増」(24%)などの要因を大きくしのいだ(図2参照)。

図2●バックログの状態:バックログが生まれた要因は(重複回答可)
図2●バックログの状態
バックログが生まれた要因は(重複回答可)

 コンピュータをもっと使いたいという幅広い層の需要に対し,開発要員の増加が追い付いていかない――これがバックログ問題の2大要因,と言うことができよう。米国でも事情は同じだった。

 それでは,バックログ問題を解決していく方策は何なのか――。計算センター・TSSサービスの利用,外部ソフトハウスの活用,高水準プログラム開発言語の利用,ソフトウエア開発工程の標準化,データベースの利用分野への開放などの方策が考えられる。しかし,「決め手はない」という前置きは付くものの,米国の先進的なコンピュータ・ユーザーでみたのは2つの大きな流れだった。

 1つは社内のソフトウエア開発者の数を増やす。特に,社内のユーザー部門――たとえば企画,営業,経理など――にコンピュータのソフトを開発できる人材を増やそうという動きである。たとえば,ジョージア州アトランタに本社を置くコカ・コーラでは次のような取り組みをしている。

 「バックログの解消法で,特に手っ取り早い方法は,社内のコンピュータを使いたいと思っているユーザー自身に,ソフトウエアを開発させることですよ。われわれ担当者は社内のユーザーが使える道具をそろえ,補助するのが役割。補助するための“情報センター”を設立し,社内ユーザーがプログラム開発に使うツール8種類を購入しました」(アイラ・O・トルミック・コカコーラ本社デシジョン・サポート・サービス・マネジャ)。

 バックログ解消のための新しいもう1つの流れは,市販されているソフトウエア・パッケージをできる限り利用しようという姿勢だった。カナダのトロントに本拠を構えるノヴァスコシア銀行では次のように語っている。

「プログラムの開発要求で,市販しているソフトウエア・パッケージを購入すれば済むものは,なるべく買っている。バックログ解消にパッケージの購入は,大いに役立つ。自ら開発するより,コストは安いし,期間が短くても済む場合が多い」(ポール・W・ウインガートン・ノヴァスコシア銀行オペレーションズ&システムズ・サービス・ディレクタ)。

※本記事は日経コンピュータ1982年12月27日号に掲載された特集『バックログ問題解決の道を探る』の総論部分を再掲したものです。