佐藤氏写真 筆者紹介 佐藤徳之(さとう・とくゆき)

マーシュジャパン ディレクター、シニアバイスプレジデント。1989年に入社以来、日本、米国において企業のリスクマネジメント構築に従事。マーシュジャパンは、リスクマネジメントおよび保険関連サービスを提供する世界最大手企業である米Marsh Inc.の日本法人。2004年度情報化推進国民会議専門委員。

 米国は自治体のリスクマネジメント体制の構築に関し、最も進んだ国であると言っても過言ではない。先進的な自治体では、CRO(最高リスク責任者、Chief Risk Officer)を置いているのに加えて、大手民間企業が採用しているERM(エンタープライズ・リスク・マネジメント)(注1)を採用しているところもある。そして、ART(Alternative Risk Transfer)(注2)といった金融工学の活用、さらにはRisk Fusion(リスク・フュージョン)(注3)プログラムなど保険や金融市場を活用したリスクマネジメントの分野においても、非常に高度なレベルの手法を取り入れている。

 米国の自治体におけるリスクマネジメントのレベルの高さを示す象徴的な出来事があった。多数の民間企業のCROも候補に上がったが、オレゴン州のCROが2001年度の「リスクマネジャー・オブ・ザ・イヤー」を受賞したのである。

 CROは、1990年代の後半に出現し始めた。権限も影響力も限られていた「保険購入担当者」としての伝統的なリスクマネジャーと比べ、CROはより大きな権限と影響力を持つ。そもそもCROは、金融機関やエネルギー産業のような巨大なリスクを抱える業界で始まった職位とされ、CFO(最高財務責任者、Chief Financial Officer)経験者に、全リスクに係わる責任を持たせた。いわゆる大企業のCROと比較しても、能力や実績において遜色のないリスクのプロフェッショナルが米国の地方自治体で活躍の場を得ている。

 時代の流れに従って、リスクマネジャーの性格も変わりつつある。歴史的には財務部や経理部の保険購入管理者がリスクマネジャーと呼ばれていたが、保険を管理するだけの部分最適型から自治体をあらゆるリスクから守る、CROに近い全体最適型のリスクマネジャーが増加傾向にある。

■アカウンタビリティがリスクマネジメントを発展させる

 米国には、民間企業のCROやリスクマネジャーで構成されているRIMS(The Risk & Insurance Management Society, Inc.)(注4)という、業界で世界的にも権威のある非営利団体がある。これと同様に、自治体関係者による団体はPRIMA(Public Risk Management Association)(注5)である。自治体関連のCROやリスクマネジャーが、RIMSと同様にリスクマネジメントをさらに進化させようと結成した。

 そもそも、なぜ米国の自治体において民間企業のようなリスクマネジメントが発達してきたのだろうか。その根本に公僕として納税者に対するサービスを提供しているという意識から生まれる「バリュー・フォー・マネー」の考え方と、地方自治体の運営において損益に関するアカウンタビリティ(説明責任)を求められて当然という意識が根付いていることが挙げられる。このような意識が浸透した土壌で公会計の仕組が長い年月をかけてできあがってきたことが、リスクマネジメントの発達を促したと言えるだろう。

 参考までに、米国の民間会計基準であるFASB(米国財務会計基準審議会=Financial Accounting Standard Board)同様、1984年には公会計の基準となるGASB(The Governmental Accounting Standards Board =通称GASBY)が整備され、政府および地方自治体の財務状態を同一基準で監査を実施することが可能になっている。つまり、各地方自治体が企業と同様、財務状態についてのアカウンタビリティを持たざるを得ないのである。

 米国の先進的な地方自治体は、適切なリスクマネジメントの遂行のために外部専門家を積極的に活用している。を見ていただきたい。これは米国のニューヨーク市のある部局のリスクマネジメントに関して、外部のリスクコンサルティング会社がどのようなサービスを提供しているのかを表したものだ。一番左にある「部局」以外は、全部自治体"外部"である。民間のコンサルタントを有効活用していることが分かるだろう。

 もちろん、リスクの洗い出しや分析、整理、実行のプロセスには、CIOや業務担当部門の長など自治体の職員が関与する。しかし、彼らはリスクのプロではないので、外部の専門家と契約して、専門知識に基づいたアドバイスや、保険の手配などのサービスを受ける。その後のクレームの発生時やリスクの変更(新たな部門の設置など)時も同様である。こうした専門家は、庁舎内部に席を置くケースはほとんどないが、バーチャルなリスクマネジメント部のメンバーといった感じである。

■図 ニューヨーク市某公社に関わる外部の
 専門リスクマネジメントチーム
ニューヨーク市某公社に関わる外部の専門リスクマネジメントチーム