公務員の「天下り」は一般に悪とされる。確かに官民癒着や談合の温床になりうる。だが天下りはなくならない。なぜなら一定の合理性と意味があるからだ。今回は天下りを客観的に評価してみよう。

 具体例を見てみる。たまたま大阪市役所は、先般、市政改革の一環として今春退職した課長級以上の元幹部職員313人の氏名、再就職先名、役職を全部公表した。再就職したのは220人。うち122人が外郭団体にそして41人が民間企業に再就職した。企業の中には公共事業の請負い業者などもあった。他の自治体でここまで公表している例は少ないが、この数字は政令市や県庁の標準的な姿とみてよい。

■賛否両論さまざまな意見--市民・受け入れ先・本人

 さて天下りをどう評価するか。市民感情はだいたいこういうものだ。

  • 「公務員はいいなあ。定年過ぎても行き先が用意される」
  • 「企業が受け入れるからには何か見返りがあるに違いない。不透明だ」
  • 「外郭団体はOBの天下りのためにある。整理統合しろ」

 一方、天下りを受け入れる側の心理はどうか。

  • 「自治体の仕事を取りたい。OBに来てもらい政策や先端技術を教わりたい」
  • 「社員を公募しても無名な企業や外郭団体には優秀な人が来てくれない。OBなら安い給料でも我慢して来てくれる。OBの協力でやっとうちの団体(企業)は運営していける」
  • 「市役所で課長にまでなった方なら能力も人柄も保証されている。うちの会社にはいない逸材に来てもらえてうれしい。中堅の中途採用だと生え抜き社員の士気が下がるが、天下りならせいぜい数年のこと。若手社員と摩擦なくうまくやってもらえる」

 ご本人はどうか。

  • 「まだ60歳で元気だ。若い頃から役所一筋で今から普通の企業に再就職は難しい。給料は安くても専門知識が生かせる職場ならがんばって再就職してみよう」
  • 「家にいても暇。小遣い程度でももらえるなら勝手知ったる仲間や先輩のいる外郭団体ですごしたい」

■再就職と官民交流の合理性--官から民への再就職はもっと増えていい

 以上の意見は筆者が接した人たちの標準的な意見だ。天下りにはもちろん悪質なケースもある。霞ヶ関の場合、企業側が「迷惑」「押し付け」と明言する場合も多い。だが筆者は、天下りとは実はその時代掛かった言葉とは裏腹に原理原則だけをとらえれば必ずしも批判に値する事柄ではないと考える。

 なぜなら第一に雇用の流動化の流れに沿っている。第二に官民交流を促進する。第三に誰しも60歳以後の第二の人生は、得意なこと、やりたいことで過ごす権利がある。第四に少子高齢化社会では60歳を過ぎても働いてもらったほうが国民経済的にはよい。

 個々の事例を見るとかつてのような破格の厚遇はまれだ。順送り人事も減りつつある。仕事仲間から名指しで「ぜひ来てくれ」と招聘されるケースが増えている。健全なプロセスでの再就職ならばもはや「天下り」と呼ぶべきではない。要はケース・バイ・ケースである。いわゆる「天下り」の再定義が必要だ。

 筆者が考える「天下り」の定義とは、

  • 「天下りの対価として工事や物品を発注する。受け入れ側も逆に対価として受注を要求する」
  • 「役所が順送り人事で企業や外郭団体にOBを押し付ける」
  • 「職務に比べ、過分な給与や秘書、個室、車などを提供する」
  • 「天下りの受け入れが慣例化し、同時に補助金や仕事が見直しもされずに毎年流れている」
  • 「本人が出身元の役所の権威を振りかざし、あるいは役所の意向を代弁するかのような振る舞いをする」

 将来的はおそらくこれまでのような天下りはどんどん減っていく。外郭団体も縮小されていく。だが官から民への再就職自体はなくならない。有能な人材は個々の事情でもっと大胆に企業に再就職していく。また若い頃に民間出向をしていた人材も増える。やがて「官から民へ」の人材移動自体がさほど特別の意味をもたなくなるはずだ。

 筆者はいわゆる「天下り」は根絶すべきだと考える。だが官から民への再就職はもっと大々的に増えてよいと考える。その意味で今般、大阪市役所が再就職の実態をオープンに公開したことは絶賛に値する。第二の職場に移られた220人の方々も、受け入れる企業や団体も、「市民から見られている」という実感を持つ。お互いに緊張感を持った関係からスタートできる。

 こうした情報公開を重ねていけば、いわゆる「天下り」の負の側面が次第に浄化されていくはずだ。公務員にも60歳からの再チャレンジのチャンスは与えられるべきだ。全国の「公務員OBフレッシュマン」の方々には暖かい拍手を送りたい。

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上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』ほか編著書多数。