日経コンピュータ1982年11月1日号 |
日経コンピュータにもっとも長期間,登場し続けている経営者は,マイクロソフトのビル・ゲイツ会長である。同氏がマイクロソフトを設立したのは1974年,日経コンピュータの創刊の7年前にさかのぼる。日経コンピュータが創刊してから9カ月後の1982年7月,ゲイツ氏は会長に就任。その4カ月後,初めて日経コンピュータの編集長インタビューに登場した。インタビューの主な話題は,16ビット・パソコンOSの標準化についてであり,ゲイツ氏は「IBMがMS-DOSの採用を決めたときにCP/M-86との戦いは終わった」と言い切っている。興味深いのは,「MS-DOSはあくまでロー・エンドの要求を満たすOSに過ぎず,ハイ・エンドの要求を満たすOSには,たとえばベル研究所の開発したUNIXがあります」という発言だろう。
問 初めにお聞きしたいのは,日本のパーソナル・コンピュータについてです。どう評価していますか。
答 優れた製品が多いと思います。マイクロソフトが初めて手がけた日本のパソコンは日本電気のPC-8001でした。日本電気とはきわめて満足いく協力関係にあったので,お互いによく話し合え,結果としてPC-8001は機能的にも満足できる製品に仕上がりました。PC-8001が日本市場で圧倒的な強さを誇っているのはみなさん,ご承知のとおりです。
次に手がけた沖電気工業のIF800はビルト・イン・グラフィック機能やソフト・キーを備えた製品で,マイクロソフトとしても技術的にかなり苦労しました。その後もつぎつぎにほかの日本のパソコン・メーカーとおつき合いしましたが,それらの経験から日本のパソコンはきわめて完成度が高いと断言できます。
問 日本のパソコン市場についてどうお考えですか。
答 米国のパソコン市場に比べると,日本のパソコン市場は今後も伸びる余地が十分あると思います。たとえば米国のアップル,タンディ,IBMのご三家はそれぞれ20万台以上のパソコンを売り切っています。それに対して日本では,日本電気が10万台前後,そのほかのメーカーはすべて10万台以下の販売実績しかありません。今後は8ビット・マシンだけでなく,16ビット・マシンも続々登場するはずで,パソコンの新しい市場がどんどん開拓されていくでしょう。
問 パソコンのソフトウエアの標準化についてはどうお考えですか。
答 標準化の問題は一言では語れません。まず,8ビット・マシンにおけるソフトウエアの標準化についてはどうだったか考えてみてください。
8ビット・マシンでは,ディジタル・リサーチのCP/M-80が標準OSであるという見方が一部にありました。果たしてこれは事実だったでしょうか。確かにインダストリ・レベルではCP/M-80は標準と呼べるかも知れません。ところが実際に最も多くのユーザーが使っているソフトウエアはApple DOSであり,TRSDOSなのです。事実,アプリケーション・ソフトウエアの種類はApple用のものが圧倒的に多かったはずです。そういう意味ではApple DOSが最も標準的といえるでしょう。
ただし,Apple DOSを採用したパソコンはApple以外にはありませんでした。ご質問の標準化問題は16ビット・マシンにおける標準という意味だと思いますが,マイクロソフトのMS-DOSを使えるパソコンはApple DOSのように1種類に限定されていません。
問 CP/M-86とMS-DOSが中心となり,16ビットOSの標準化が進むといわれていますが。
答 まだ標準化問題について説明しなければいけないことはたくさんありますが,先に今のご質問にお答えしましょう。
CP/M-86とMS-DOSだけを見れば,両者の戦いはすでに終わったといえます。つまりIBMがMS-DOS採用を決める契約書にサインした瞬間,戦いは終わったのです。IBMの力はパソコン業界にも及び,IBMパーソナル・コンピュータは現在,米国の16ビット・パソコン市場の90%以上を占めています。言いかえると90%以上のユーザーがMS-DOSを使える状態にあるということです。
問 OSの標準化について,もっと詳しく説明してください。
答 1つの例ですが,少し前に日本の大手パソコン・メーカーから,こんな相談を受けました。「マイクロソフトのOSをROM化して,自社のパソコンに乗せたいのだが」というものです。私は即座に「それはやめた方がいい」と答え,「もし,たとえばインテルがマイクロソフトのOSのROM化を決定,という発表による宣伝効果だけが目的ならば話は別だ」とつけ加えました。OSのROM化にそれ以上望むのは間違いだと思います。
というのはOSは進化すべきものだからです。いったんROM化したOSはなかなか変更がききません。OSはROM化とはむしろ逆に,もっと進化しやすい形で提供されるべきです。たとえばパソコンにブート・ストラップROMだけ搭載し,いろいろなOSを自由にロードできるようにするとか。そうすれば改良されたOSをそのパソコンで使うのはきわめて簡単になります。
そしてOSの標準化はMS-DOSだけで進んで行くものではないと思います。もし標準化があり得るとすればキーボード・レイアウトの標準化とか,インストラクション・セットの標準化などが重要です。この種の標準化はマイクロソフトとしても歓迎します。
MS-DOSについて言えば,たくさん使われるという意味の標準化はあり得ますが,MS-DOSだけですべての16ビット・パソコンのOSを統一することは不可能だし,ナンセンスです。もっとユーザーがパソコンのOSに何を期待しているのかを見きわめる必要があるでしょう。MS-DOSはあくまでロー・エンドの要求を満たすOSに過ぎず,ハイ・エンドの要求を満たすOSには,たとえばベル研究所の開発したUNIXがあります。
問 マイクロソフトの今後の戦略をお聞きしたい。
答 今までマイクロソフトは8ビット・マシンに対してはBASIC,COBOLなどの言語を中心に販売してきました。今話題の16ビット・マシンに対してはOSを中心にやることにしました。
マイクロソフトは86系プロセサ用にMS-DOSと,UNIXのマイクロソフト版,XENIXを提供していきます。68系プロセサ用にはXE-DOSとXENIXを考えています。XE-DOSはC言語で書かれたMS-DOSと考えればいいでしょう。
技術的にはMS-DOSには通信用のスプーリングはプリンタ用のスプーリング機能の拡充を考えています。たとえばプリンタへの出力をバック・グラウンド・ジョブで処理させることにより,MS-DOSの機能を十分生かすことが可能です。XENIXのようなマルチ・ユーザーOSを必要としないユーザーの方がむしろ多いからこそ,MS-DOSの改良が期待されるのです。そのためMS-DOSにはさらにスクリーン・ハンドリング機能の強化やISAM(索引順編成)ファイルの追加などまだまだやりたいことが山ほどあります。当然MS-DOS上で走る言語そのものの改善も課題です。
問 ディジタル・リサーチ社とマイクロソフト社の販売戦略の違いは。
答 一言でいうと,ディジタル・リサーチは1つのソフトウエアを大量に複製して,それを個々のパソコン・ユーザーに販売するという戦術をとっています。それに対してマイクロソフトは毎年せいぜい2,3社のメーカーとだけ契約して,メーカーごとにソフトウエアをカストマイズしていく戦略をとっています。
ディジタル・リサーチ方式では,たとえばIF800にCP/M-80を乗せてもIF800のグラフィック機能が作動しないということもありました。CP/M-80がグラフィック機能をサポートしていなかったからです。マイクロソフトとしてはそのような事態を好みません。ハードウエアの機能をベストに生かすようなソフトウエアを販売する戦略をとってきたのはそのためです。マイクトソフトはソフトウエアをいかにハードウエア上に乗せるかというノウハウを持っています。そのため今後ともハードウエア・カストマイズ方式の戦略は変わらないと言っていいでしょう。
(聞き手は本誌編集長 内藤 易男)
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※本稿は,日経コンピュータ1982年11月1日号(29号)に掲載されたインタビュー記事『CP/Mとの戦いは終わった パソコンでも強いIBMの影響力』の再録です。企業名・肩書き・製品名は掲載当時のものです。