オフィス用品通販大手のアスクルは,配送パートナとリアルタイムに配送状況を共有できる物流システム「シンクロカーゴ」を構築した。カシオ計算機の専用端末を使い,配送拠点内では無線LANから配送中はBluetooth経由で携帯電話から配送状況をシステムに登録する。狙いは顧客満足度の向上だ。

 アスクルが,複数の流通業者から成る配送パートナとの間で荷物の配送状況を把握できる物流システム「シンクロカーゴ(SYNCHROCARGO)」を構築したのは,それが顧客満足度の向上ために必要不可欠だったからだ。

 これまでのアスクルの悩みは,荷物の配送状況をリアルタイムに把握できなかったこと。コール・センターで顧客から問い合わせを受けた場合,その都度電話で配送パートナに確認を取る必要があった。「配送中のドライバーに確認して配送状況を顧客に伝えるころには,既に荷物が届いていたという笑えない話もあった」(同社のインテグレイテッド・カスタマー・レスポンスDSMの森元あん平ビジネスリーダー,写真1)。

写真1 右からアスクルのインテグレイテッド・カスタマー・レスポンスDSMの森元あん平ビジネスリーダー,ITサービスの池田和幸ビジネスリーダー,李雨燮氏,川瀬七生氏

 こうした状況は顧客の利便性を損なうばかりでなく,コール・センター業務の非効率化も招いていた。「顧客からは一日に5000~6000件の電話があるが,その大半が注文した荷物がいつ届くのかという問い合わせ」(森元ビジネスリーダー)。そのたびに電話のやり取りで配送状況を確認していたら,いくら時間があっても足りない。

配送状況をリアルタイムで把握

 このような環境を改善するために同社は,2年ほど前から荷物の配送状況をリアルタイムに把握できるシンクロカーゴの構築を進めてきた。

 配送パートナのドライバーに,バーコード読み取り用のレーザー・スキャナを内蔵した専用端末を配布。配送状況をネットワーク経由で逐次システムに登録してもらう。顧客からアスクルのコール・センターに問い合わせがあった際には,CRM*システムを通じてその場で荷物の配送状況を確認,返答できるようにした(図1)。

図1 物流システム「シンクロカーゴ(SYNCHROCARGO)」導入の狙い
アスクルは外部の配送パートナに依頼して受注した商品を配送する。これまでは配送パートナとの連絡は電話が中心であり,顧客からの配送状況の問い合わせに迅速に答えることができなかった。シンクロカーゴによって,配送パートナとアスクルの間でリアルタイムで配送状況の情報共有が可能になる。

 専用端末は,無線LAN(IEEE 802.11b*)とBluetooth*の通信機能を持つカシオ計算機の「DT-950M50S」を採用。システム開発は端末部分をカシオが,システム全体を日本ヒューレット・パッカードが担当した。

 シンクロカーゴは東京23区を皮切りに,2006年9月から稼働を開始した。今後,順次全国に広げる計画だ。現時点で配布済みの端末数は,数百台となっている。

堅牢性を求めて専用端末を選択

 システム開発の中で,最も時間をかけたのは端末選びだった。アスクルにとって今回のシステムは,配送パートナに端末を配布し,利用を依頼する形。できるだけ配送ドライバーが使いやすい端末を選ぶ必要があった。

 最終的にカシオ計算機の専用端末を選択するまでには,さまざまなベンダーからBluetoothのバーコード・リーダーとWindows Mobile*端末や携帯電話を結び付ける方式などが提案されたという。

 ただこれらの端末を実際に試してみたところ,「携帯電話は,ドライバーが配送中に操作するには小さすぎて使いにくかった」(ITサービスの池田和幸ビジネスリーダー)。Windows Mobile端末も,配送業務に使うには堅牢性が足りなかったという。結局これらの端末は選択肢から外れ,専用の業務端末に主眼が移っていった。

無線LANとBluetoothが最適

 さらに検討を進めていく中で,配送状況を入力する端末とセンターとの通信機能は分けて考えた方がよいという結論に達した。「既存の通信ネットワークを活用できる端末の方が,特定の通信機能を内蔵した業務端末よりも初期コストを抑えられる」(池田ビジネスリーダー)からだ。

 具体的には,Bluetoothと無線LANという近距離の無線通信機能を備えた端末を導入し,これらを経由して既存のLANや携帯電話を活用する形を思い描いた。配送拠点内では,LANに無線LANアクセス・ポイント(AP)を設置すれば,無線LANを経由して安価に通信手段を確保できる。また配送中は,Bluetooth機能を内蔵した携帯電話を経由して通信すればよい(図2)。

図2 配送拠点内と配送中で通信機能を切り替え
カシオ計算機の専用端末「DT-950M50S」を配送ドライバーに配布。配送拠点内では無線LAN経由,配送中はBluetooth経由で携帯電話を使ってシステムと接続する。拠点内は無線LANを使うことで通信費を抑えられる。

 今回のシステムでは,配送パートナが携帯電話を契約する取り決めとなっている。ほとんどのドライバーは既に連絡用に携帯電話を持っているため,Bluetooth対応の携帯電話に機種変更するだけで済む。

 一方,携帯電話機能を内蔵した業務端末は通話機能を持たないため,通話用の端末を含めてドライバー1人当たり2回線分の契約を配送パートナに強いることになる。「できるだけ導入の敷居を低くして配送パートナに使ってもらうには,Bluetoothと無線LANを搭載した端末が良いという結論になった」(池田ビジネスリーダー)。

手順ごとにメニューを作り込む

写真2 専用のウエスト・ポーチを作成
配送ドライバーが操作しやすいように,端末と携帯電話を収められるポーチを配布した。

 Bluetoothと無線LAN機能を搭載した専用端末という条件でも,端末の候補はいくつかあった。その中からカシオ製の端末を選んだ理由について池田ビジネスリーダーは,「端末内部のソフト開発まで細かく対応してくれるベンダーとしてはカシオが一番だった」と説明する。

 実際,端末内部のメニューは,業務の手順に沿ってかなりカスタマイズを加えたという。配送前処理,配送中,配送後の三つの業務シーンに分けて,それぞれのシーンごとに表示するメニューを作り込んだ。ITサービスに所属する李雨燮氏は「端末を持ちながら逐次荷物のステータスを更新するのはドライバーにとってかなりの負担。それを軽減するのがシステム開発の課題だった」と打ち明ける。

 また,それぞれの業務シーンにおける通信手段も,配送前処理の場合は無線LAN,配送中はBluetoothに自動的に切り替える仕組みとした。

 2006年4月から実際の端末を使った実地試験を実施し,ここでドライバーの意見をまとめてメニューを改良した。その効果もあり,本格稼動の前には「ドライバーから好感触を得た」(李氏)という。

 さらに,二つの端末を一緒に収められる専用のウエスト・ポーチも独自に作成した(写真2)。ドライバーが携帯電話を収納したまま端末を操作しても,Bluetooth経由の通信を容易にするためだ。端末を使いやすくするという点では,このような工夫も重要なポイントだったという。

最適な無線AP配置に一苦労

 ただしシステム稼働にこぎ着くまでには,いくつかの苦労があった。その一つが無線LAN APの設置。実際の業務環境の中で端末を使ってみると,配送拠点内のAPにつながらないといった事態も少なからずあったのだ。

 その理由はAPの設置時と実際の業務環境で,電波状況に大きな差があったこと。実業務の環境では,AP設置時には想定していなかった「トラックなど無線LANの電波を遮る要素が数多くあった」(ITサービスの川瀬七生氏)からだ。

 また天候によってトラックへの積み込み方法が変わるケースがあり,雨の日につながらないといった事態も発生したという。そこで「現場に何回か出向き,時間帯ごとにどのような業務環境なのかを把握して,APの位置を微調整した」(川瀬氏)。

パートナも含めたシステムが完成

 シンクロカーゴ(SYNCHROCARGO)の初期費用は,端末を含めて4億円強。「旧来の同様のシステムと比べて,非常に安く構築できた」と,池田ビジネスリーダーは語る。

 また端末と通信回線を分離したことについても,「新たな端末や携帯電話が出たときに買い換えやすく,発展性のあるシステムにできた」(池田ビジネスリーダー)と胸を張る。

 今回のシンクロカーゴは,アスクルの第2世代システムの最後の1パーツでもある(図3)。アスクルは2001年5月以降,自社内部のみならず配送パートナや顧客,その他の協力会社の間を密接につなぐ第2世代システムの開発を進めてきた。営業支援システムである「シンクロエージェント(SYNCHROAGENT)」や,CRMシステムである「シンクロスマイル(SYNCHROSMILE)」などは既に稼働。今回のシンクロカーゴによって,協力会社を含めたシステムが一通り完成したことになる。

図3 第2世代システムの構築を終え次世代システムの検討も開始
今回のシンクロカーゴの導入で,配送パートナも含めたシステムである第2世代システムが完成。今後はシステムを最適化し,ロングテールの考え方を導入するなど,新しい戦略を下支えする次世代システムの構築を進める予定。
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 次に進む方向について池田ビジネスリーダーは,「システム全体を最適化し,顧客や協力会社とのシステムの結びつきや,既存システム同士の連携をより強化していきたい」と語る。例えばシンクロカーゴでは,顧客自らが荷物の配送状況をWebサイトで直接確認できるような形を考えている。既に計画中で,「それほど時間をかけずに導入できる見込み」(池田ビジネスリーダー)という。

 このような既存システムの磨き込みに加えて,次世代システムの検討も始める。アスクル全体の戦略として,これまで以上に商材と顧客を拡大する計画があるからだ。その戦略を下支えするようなシステムを構築する。

 これまでアスクルが商品開発の対象としてきたのは,主に最大公約数的なニーズに対して。需要予測のシステムなどは,それに合わせて整えてきた。しかし,細分化する顧客ニーズに応えて商材を増やしていくと,別の観点でシステムを用意する必要が出てくる。

 池田ビジネスリーダーは「これからはロングテール*の考え方もシステムに取り入れないといけない」と,早くも次世代システムについて思いを馳せている。