横浜 信一 氏 横浜 信一 氏

マッキンゼー・アンド・カンパニーのプリンシパル
ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。通商産業省を経て、1992年入社。企業のIT課題解決に関して幅広い経験を有する。

 今日、IT活用の成否が企業経営において重要な鍵であることは、すべての経営者が理解している。その一方で、多くの経営者が、どうしたらIT投資の効果を高められるのかと苦慮している。

 現行システムの維持・運営に支出の過半がとられ、新分野へ回す予算が確保できない。戦略投資を決定しても細かな緊急プロジェクトが発生し、大切な投資がずるずると後回しになってしまう。要件が決まらず、使われるかどうか分からない機能を盛り込んでしまう。戦略立案に情報システム部門が参画していない。システムが複雑化した結果、どれだけのIT資産があるのか把握できない―。

 こうしたIT課題は20~30年前から変わっておらず、なかなか解決できないでいる。解決を困難にしている理由は次の通りである。

理由1:投資の目的・目標が社内で共有される形で設定されておらず、「もう少し安くできないか」など、本来の目的を踏み外すような議論が起きてしまう。

理由2:CIO(最高情報責任者)の責任と権限が明確になっておらず、ユーザー部門とIT部門の役割分担も不明確など、意思決定の仕組みが整備されていない。

理由3:結果ばかりに関心が集まり、コスト高の原因、使われないシステムの原因であるカットオーバーまでの非効率が見落とされる。

理由4:新たな知見をもたらしてくれるITベンダーを上手に使わず料金たたきに終始しており、ITベンダーも言われたことをやるという態度から抜け出せない。

理由5:カタカナ言葉をあいまいなままに使い、議論が表層的になり、本当に突き詰めるべきところまで考えずに意思決定してしまう。

 実際には、こうしたことが複雑に絡み合っているため、課題解決には包括的な取り組みが必要である。まずは、IT課題を組織課題として取り組むことである。技術の問題ととらえがちだが、組織問題の側面が強い。経営陣、ユーザー部門、IT部門のレスポンシビリティ(判断・実行・結果の責任)、アカウンタビリティ(説明責任)の見直しなど、ITガバナンスの再設計にも取り組むべきである。

 次に、事業戦略とIT戦略の間をつなぐ「業務プロセス戦略」を考える必要がある。事業戦略をいったん「業務プロセスのどこで他社と差別化するのか」という観点に立った業務プロセス戦略に落とし込むのである。これに沿えばシンプルで分かりやすいIT戦略を導くことができる。

 コミュニケーションは密を旨とし、念には念を入れることも重要である。投資の果実を得るには経営とユーザー部門、IT部門、ベンダーが目的・目標を共有しなければならない。プロセスにもメスを入れ、生産性向上に取り組む必要もある。何が不十分なのか、開発過程でどんな議論が行われたのか、手戻りや時間ロスはどこで生じたのかなどを洗い出し、次に反映させるプロセスを作り上げる。IT投資のPDCAを回すことである。

 また、課題は一気に解決しようとするのではなく、組織力を高めるつもりで徐々に進めることも重要なポイントである。課題が明らかになったら、まず推進責任者を決め、責任者が主導で解決策を作り実行する。責任者はITに詳しい必要はなく、経営に関する理解力があることが不可欠である。