日経コンピュータ1981年11月16号
日経コンピュータ1981年11月16日号

 コンピュータを導入したものの,当初期待した効果を上げることができず,利用面で四苦八苦する。導入後「こんなはずではなかった」と改めてコンピュータ利用の困難さを知る--。コンピュータが誕生してから今日まで,こうしたトラブル事例が後を絶たない。日経コンピュータ誌は創刊時から,『動かないコンピュータ』と題して,トラブル事例を報じてきた。一連の事例は,時代に左右されないコンピュータ利用の勘所を伝えるものだ。25年前に掲載された,第1回の動かないコンピュータを紹介する。

   オフィス・コンピュータ(オフコン)の急速な普及で,ユーザーが増えた。入れたコンピュータが動かず,ほこりをかぶったり,ほろをしたままといった極端なケースとか,動いてもごく短時間で,何のために導入したのかわからない状態にあるユーザーは多い。そこでコンピュータ利用の失敗事例をとりあげ,どうしてうまくいかなかったかその原因を追究して,同じような失敗を繰り返さない教訓の一つとしてみたい。


存在感のないオフコン

 「本社を訪れた人に『おたくは最近はやりのオフコンは使っていないのですか』と聞かれると,『えゝ使っていません』と答えます。でもその人が事務所のすみにある機械をみて,『あれはオフコンではないのですか』と聞き返します。『あァ,あれも一応オフコンですね』と答えるんです」と笑いながら語るのは,M工文社のO専務。M工文社は印刷業界では中堅,このところ不況が続くこの業界にあって平均的に利益を出している異色の企業だ。

 そのM工文社が使用しているコンピュータがあまり有効に利用されていないというので取材に出かけた。同社が使っているのは富士通のFACOM V0III。1979年春に導入し,すでに2年半が経過している。しかしこのコンピュータが処理しているのは売掛金の管理だけだ。女性従業員1人がほかの仕事をしながらコンピュータを操作しているが,このコンピュータが動くのは「1日にせいぜい2時間ほど」という。下世話な言い方をすればあまりにもったいない使い方である。

受注,工程,原価,販売各管理のシステム化を検討

 どうしてこうなったか。その原因を探ってみよう。そもそもM工文社が経営の合理化をねらって(同社も電算写植を実施しており,この分野のコンピュータ化はうまくいっている),コンピュータの導入を考えたのは1978年の春である。導入計画を進めたのはO専務。当時はいまほどオフコン熱も盛り上がっておらず,メーカー・ディーラーのセールスマンが訪れることもなかった。このため「どんな機械を,どのように導入し,システム化していいのか何もわからなかった」(O専務)。そこで電算写植関連で縁のあった富士通に相談したのである。

 富士通は同社が東洋インキ製造と共同で設立したコンピュータ・システム開発,販売会社ぺティを紹介,O専務はこのぺティの技術者と何度も会合を持ち,システム設計を進めた。

 M工文社がコンピュータを導入してシステム化しようとしたのは,受注管理,原価管理,工程管理,それに販売管理など。印刷業界というのは多品種,短納期の受注生産が特徴であり,したがって他の業界であれば必ず実施する受注1点ごとの原価計算も,基準があいまいといった理由で正確にはじき出せない悩みがある。こうした点をコンピュータでシステム化し,近代的な経営への脱皮を図ろうとしたわけだ。

先に決まったハードウエア

 こうした複雑な業務がコンピュータ化されれば印刷業界としてもそれこそ画期的なことである。ぺティのシステム・エンジニアも意気込んだ。富士通の技術者も加わり,システム化へ動き出した。当事富士通としてはシステム開発に「かなりの費用をかけた」(富士通関係者)ともいう。

 このシステム実現に必要なハードウエアは,いまではもう古くなったFACOM V0IIIで十分と決まった。M工文社にとって災いしたのは,システム化スケジュールが十分でないままに,ハードウエアが決まったことである。システム化の具体的な青写真を作り始めたのはその後のことである。

 ところがシステム作りの具体的な作業が進められると,計画通りのシステムを動かすにはFACOM V0IIIでは性能的に不十分であることがわかってきた。早くもハードウエアを替えるか,システム化計画を変更するかの選択を迫られることになった。このうちハードウエアを替えるとすると,もはや汎用コンピュータしかない。汎用コンピュータとオフコンとでは,導入方法,操作方法もまったく異なり,導入費用,オペレーション費用だってはるかに高くなる。ということでハードウエアは予定していたV0IIIをそのまま導入し,システムの変更に踏み切ることになった。

 結局,受注管理,原価管理,工程管理などのシステム化は断念,また販売管理も売掛金管理だけをシステム化するという,最初の計画段階では予想もしなかった状態になってしまった。売掛金管理だけではV0IIIだと大き過ぎる。それがわかっていながら1979年春に導入し,現在に至っているわけである。

望まれる慎重な導入計画

 契約は5年間リース,リース料金は月額27万円で,決して安い金額ではない。導入してちょうど2年半が経過,あと半分が残っている。契約期間中に,新しいシステムを稼働させる計画はいまのところない。その理由の一つは「漢字処理がいまのコンピュータではできない」(O専務)からだ。同社が処理する業務の大半は漢字を必要とし,カタカナだけの帳票類ではかえって不便だという。

 また売掛金管理だけにしても請求書などの帳票類は当然コンピュータ化していると予想されるが,帳票類の作成は人手で処理している。これには,取引先が必要とする伝票類が取引先によって決められており,画一化していないことが要因として働いている。結局,これからの2年半も売掛金の単なる数字と取引先の管理だけを処理することになる。

 M工文社のケースは印刷業界が抱える独特の業務内容をディーラーがはっきり把握できないままハードウエアを決めたところに間違いがあった。「私どもも不勉強だったことが原因です」(O専務)と反省する。しかし,「私ども中小企業ではコンピュータ導入を直接担当する人もそれだけやっていればいいということはない」(同),要するにいろんな仕事をこなさなければならず,システム作りに専念できないことから,どうしてもメーカー・ディーラーの技術者との意見疎通がスムーズにいかないことを強調する。

 システム作りは,導入するコンピュータがたとえオフコンとはいえ,念には念を入れた慎重な態度が望まれる。システム設計の段階で技術者がちょっとでも誤解していたら,でき上がったシステムは大きな欠陥システムとなる。しかもシステム稼働後の修正は通常非常に困難である。いったん稼働してしまうと,すべてのシステムを止め,修復にかなりの期間が必要となるからだ。

 M工文社のO専務が同社のこうした経験から教訓として上げるのは二つある。一つはメーカー・ディーラー側に対しての要望だ。オフコンを売る側が昔も今も共通しているのはハードウエアの売り込みには懸命だが,システムとかソフトウエアになると「相談します」と言うだけだ。コンピュータ知識が深い専門の技術者も持たない中小ユーザーにとって,コンピュータ・システムはメーカー・ディーラーの技術者に全面的に依存する。それだけにメーカー・ディーラーとしてはユーザーのシステム化要求を十二分に知る必要がある。しかしO専務によるとそこまでできる,あるいは意思表示するメーカー・ディーラーのセールスマンはまずいないということだ。

 極端な言い方をすると,オフコン・ユーザーにとって,ハードウエアの性能,機能はあまり関係ない。「主記憶容量が何メガバイト,処理速度はこうだ」と説明されても皆目わからない。「結局何ができるんだ」,ユーザーが知りたいのはこれだけなのである。

 このメーカー・ディーラーがユーザーのシステム化要求を十分に知り得ないとすると,ユーザーは自衛するしかないとO専務は指摘する。二つ目の教訓はユーザーが自らシステムを開発できる体制を作り上げることだ。現実に,オフコン・ユーザーの中でもうまく稼働させているところは,システムを独自に開発し,保守までもメーカー・ディーラーの技術者に頼らない体制を作り上げている。

 M工文社の経験,それから引き出された教訓は,これからコンピュータを導入しようとする企業にとって有益である。オフコン業界の販売競争は激しい。各メーカーのディーラーが1台でも多く売ろうと懸命である。その過程でディーラーのセールスマンの言いなりになってしまうとそれこそ失敗の道を歩むことになる。M工文社の場合,導入前に約1年間を準備期間にあてた。普通,1年から2年はシステム開発のために必要だ。しかし最近では導入を急ぐあまり,この準備期間が短くなる傾向にあり,これも慎重さを欠いた導入計画と言える。

それでも会社の業績は安定

 「当社の場合,やはり失敗と言えるでしょうね」(O専務)と言う。これがこのレポートの冒頭で紹介した客との会話になるのである。しかし,こうは言いながらもさほど深刻な様子でないのは,M工文社の経営が安定し,売上高,利益とも順調に伸びているからである。同社は今年,東京・世田谷の本社工場の改築,同八王子の新工場建設と一挙に2工場の新・増設に踏み切った。それに要する投資は約5億円だが,こうした投資コストの増加にもかかわらず,「本年度の利益は前年度とほぼ同水準を確保できる見通しがつきました」(I社長)という。こうした余裕があるからこそ,現在のコンピュータ利用にも寛容な態度でいられるのであろう。これがほかの企業だともっと厳しい状況になっている。

 月額リース料金が27万円というのは女子従業員だと2人は雇える。しかしいまのコンピュータは「半人前」(O専務)の役割しか果たしていない。通常オフコンの効果は,従業員数にして10人分の働きをして初めて利用効果が現れたと言われる。それと比べるとM工文社のオフコン利用はやはり失敗の部類に属することになる。

 もっとも同社のI社長は生産工程の合理化などにコンピュータを利用するのは積極的だが,事務部門のコンピュータ化はそう積極的ではない。「コンピュータから出てくる数多くのデータに振り回される」(I社長)ことにもなりかねないからだ。だからいまのFACOM V0IIIの利用でも十分と考える。ただO専務によると,このコンピュータが今以上に有効に使われていれば,「社長の考え方も変わっていただろう」とみるのだが。

 コンピュータがうまく稼働しない原因はいろいろ考えられる。システムがユーザー要求を満たしていない場合が多いが,ディーラーの技術者の開発能力不足,ユーザーのせっかちな導入による準備不足などもそうだ。M工文社の場合,準備期間は十分だったが,ディーラーが同社のシステム化要求をもう一つ把握できなかったための失敗だった。もちろん,ユーザーとしての勉強不足も要因だろう。富士通自身は印刷業界への納入実績も多い。したがってこの業界の内容はかなり知っているはずだが,M工文社のような失敗も起こるのである。同じ業種でも企業によってその経営形態は違う。その点を無視したシステム化はやはり避けるべきである。(楢原 英俊)

※本記事は,日経コンピュータ1981年11月16日号に『ハードウエアが大き過ぎて稼働率が落ちてしまった』と題して掲載されたものです。掲載時は,ユーザーの企業名,社長と専務名をすべて実名で掲載していましたが,再掲にあたっては匿名に致しました。