パワー・セーブ・モードで電力を節約

 無線IP電話では,バッテリーを長持ちさせるためにデフォルトでパワー・セーブ・モードが有効になっている。このモードでは,クライアントのレスポンスが悪くなる恐れがあるが,環境に応じたチューニングが可能だ。そこでIEEE 802.11のパワー・セーブについて説明しておこう。

 無線クライアントの動作モードには「アクティブ・モード」と「パワー・セーブ・モード」の2種類がある。アクティブ・モードは送受信回路に常に電源が供給されている状態であり,パワー・セーブ・モードは間欠的に仮眠状態となり電力を節約するモードである。

 無線クライアントがパワー・セーブ・モードになると常にデータを受信できる状態ではないため,アクセス・ポイントはその無線クライアント向けのデータやマルチキャスト/ブロードキャスト・パケットがある場合,ビーコンに含まれるTIM(Traffic Indication Message)を使ってデータがあることを通知し,無線クライアントが受信可能状態になってからデータを送信する。データがあることを通知するTIMをDTIM(Delivery Traffic Indication Message)と呼び,DTIMが含まれる周期はDTIM間隔で示される。例えば,DTIM間隔が5ならば,ビーコン5個間隔でDTIMが送信されるという意味である(図2)。

図2●パワー・セーブ・モード
アクセス・ポイントは,ビーコン間隔に設定された時間間隔でビーコンを送出する。ビーコンにはTIM(Traffic Indication Message)が含まれ,クライアント向けデータがあることを通知するTIMをDTIM(Delivery TIM)と言い,DTIM間隔に設定された間隔で送信される。パワー・セーブ・モードのクライアントは,Listin Interval, ReceiveDTIMの設定に従い定期的にアウェイク状態となる。ReceiveDTIM=Trueでは,すべてのDTIMを受信する
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 無線クライアントはパワー・セーブ・モードに移行すると仮眠状態となり,Listen IntervalとReceiveDTIMという2つのパラメータの値に従って定期的にビーコンを受信するアウェイク状態となる。Listen Intervalはビーコンを受信する周期を示し,10となっていればビーコンを10個間隔で受信するという意味になる。ReceiveDTIMはDTIMを含むビーコンをすべて受信するかを意味し,Trueならすべてを受信する。

 このように,IEEE 802.11のパワー・セーブ・モードは,絶対時間ではなくビーコン間隔に基づいている。アクセス・ポイント側ではパワー・セーブ・モードの有効化のほかに,ビーコン間隔やDTIM間隔を調整することによって環境に合わせたチューニングができる。

 例えばビーコン間隔が一般的な100ミリ秒の環境で,Listen Intervalが10,ReceiveDTIMがFalseでは,無線クライアントは900ミリ秒仮眠状態となれる。ビーコン間隔を50ミリ秒にすれば無線クライアントの仮眠は450ミリ秒となり,200ミリ秒とすれば1800ミリ秒仮眠できる。また,ReceiveDTIMがTrueの無線クライアントならば,DTIM間隔で仮眠できる時間を調節できる。バッテリーの寿命を重視するかレスポンスを重視するかで値を決定するとよいだろう。

SIPを理解するファイアウォールを活用

 先進の無線LANシステムでは,IP電話のSIPプロトコルを理解し,通話に利用するRTP用のポートを動的に開閉することができる。つまり,SIPの制御に使うUDPポート5060番だけを通過許可にしておけば,動的に指定されるRTPポートを通話開始時に通過許可し,通話が終了すれば該当ポートを閉塞する。このようにSIPを理解するファイアウォールを利用すれば,企業ネットワークの保護機能が高まり,よりセキュアな無線LANシステムとなる(図3)。

図3●SIP対応ステートフル・ファイアウォールのシーケンス
ファイアウォールでは,SIPの制御に使うUDPポート5060番のみの通過を許可。無線IP電話が発呼すると制御パケットを監視し,通話が成立すれば,通話用に指定されたIP電話間のRTPポートの通過を許可する。通話が終了すると該当ポートを閉塞。無線IP電話が電波の届かないところに移動した場合を考慮し,エージングでも閉塞する
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複数のESSIDをデータ系と音声系に分ける

 1台のアクセス・ポイントで複数のESSID(Extended Service Set Identifier)をサポートする機能をマルチESSIDという。データ系と音声系で個別のESSIDにすることによって,暗号化や認証方式,認証サーバー,最大接続クライアント数を個別に設定でき,無線クライアントに合わせた環境作成とセキュリティの確保ができる。

再送回数の設定は4以下に

 無線通信では,送信したデータ・パケットに対して必ずACKの返信がある。このACKはオーバーヘッドになっているものの,ノイズなどでデータ転送が失敗する環境においては通信の確実性を提供している。実環境ではパケットの再送が必ず起きていると言っても過言ではない。

 データを確実に相手に送るためと思い,この「再送回数」をあまり大きな値に設定してしまうとVoWLANの環境では最適と言えない場合がある。1秒間に100個程度のパケットを送信するVoWLANでは,ACKが返らないパケットの再送処理をしながら次のパケットの送信もしなければならない。さらにACKが返らなかった場合は再度再送しながら次のパケットと,再送回数に至るまで雪だるま式に送信パケットが増えてしまうからである。

 IP電話では,音声パケットが数個破棄されても補正機能により通話にはあまり影響が出ない。1つの音声パケットを確実に送るより,全体的なバランスを考え,再送回数は4以下の設定でよいだろう(図4)。

図4●再送回数の設定
Webインタフェースによる無線LANスイッチの設定画面例。再送回数などを設定できる

アクセス・ポイント同士で負荷分散

 特定のアクセス・ポイントに無線IP電話の接続が集中してしまうと,品質の良い通話ができなくなる恐れがある。この接続の集中を回避させるのがアクセス・ポイントの負荷分散機能である。接続ユーザー数や帯域の使用率にしきい値を設定し,しきい値を超えたアクセス・ポイントでは,以後の接続要求をすべて他のアクセス・ポイントに向けられるような処理を行う。

 接続可能なアクセス・ポイントがほかにない場合や,無線ドライバの特性により常に同じアクセス・ポイントへ接続要求してしまう場合は,設定されているリトライ回数に従い接続を許容し,接続性を失わないように考慮されている。

伝送レートと出力は環境や特性に合わせる

 アクセス・ポイントは複数の伝送レートをサポートすることができる。サポート可能な伝送レートと,クライアントがサポートしなければならない伝送レートは,ビーコンを使って通知される。また,送信出力の調整もできる。これらのパラメータを使ってセルの大きさが調整でき,電波のカバレージとローミングの最適化が行える。

 あまり低い伝送レートを設定していると,アクセス・ポイントから無線IP電話へは電波が届いているのに,無線IP電話からの電波がアクセス・ポイントへ届かず,片方向通話になってしまうことがある。利用環境のほか,無線IP電話の特性に合わせて設定するとよい。

サブネット間のローミングが可能か確認

 通話を継続しながらサブネット間でローミングするためには,無線LANシステム側で何らかの対応が必要になる。SIPはIPネットワークを前提としたプロトコルであり,SIPサーバーには無線IP電話のIPアドレスも登録されている。無線IP電話のIPアドレスが変更され,それがSIPサーバーへ反映されなければ通話は途切れてしまい,その後の着信もできない。

 企業向け無線LANシステムでは,このような問題を回避するためモバイルIPなどの技術を使い,サブネット間ローミングを行ってもクライアントのIPアドレスが変更されないような工夫を施している(図5)。モバイルIPは同じIPアドレスを別のネットワークでも利用可能にする機能。ローミングが考えられる環境では,無線LANシステムの導入時にこのような機能がサポートされているかどうかの確認が必要である。

図5●無線LANスイッチがサポートするモバイルIP
無線IP電話(クライアント)がVLAN 10で10.10.1.30のアドレスを取得。このとき,無線LANスイッチはVLAN 10内にクライアント用のホーム・エージェント(HA)を作成し,ホームVLANとする。クライアントがVLAN 20へ移動すると,無線LANスイッチがローミングであることを判断し,VLAN 20内にプロキシ・フォーリン・エージェント(PFA)を作成。ホームVLANとトンネルを作成し,クライアントのトラフィックを転送する

 次回は,企業向け無線LANシステムの拡張機能について解説する。