松本徹三・執行役副社長(取締役,技術統括兼CSO)
  (撮影:吉田 明弘)

 9月1日,旧ボーダフォンに参画した松本徹三・副社長は,携帯電話用チップ・メーカーとして影響力を持つクアルコムジャパンの社長・会長を歴任した業界の重鎮。DDI(現KDDI)が「CDMA2000」を採用するきっかけを作った人物として業界にその名を知られる。ソフトバンクモバイルの技術全般の方向性を定め,社としての戦略の整合性をチェックする役割を担う。就任直後の松本氏が描く携帯電話業界の方向性を聞いた。

ドコモやKDDIといった強豪に勝つためのソフトバンクモバイル(編集部注:取材時はボーダフォン,以下同じ)の潜在力は。

 一つはマーケティングと流通。ソフトバンクは流通で伸びてきた会社だ。ユーザーの購入動機をよく知っている。マーケティング的発想ができるところが強い。

 もう一つはインターネットだ。傘下のヤフーをここまで強力な会社に育てたのは,ソフトバンクにインターネットに対する洞察力やエネルギーがあるから。この洞察力,エネルギーがあれば将来も先手を取っていける。

 このマーケティング力やインターネット分野の洞察力,これらを統合するのがセンスとスピードだ。毎日のように新しい何かが出てくる。この動きに対して敏速に反応して行動できるセンスとスピードがソフトバンクにはある。

 圧倒的に強いドコモであれKDDIであれ基本的に通信会社から出発した会社。よく言えば安定性や信頼性が高いが,悪く言えば決定や行動が遅い。我々も信頼性や安定性を軽視しているわけではないが,それを満たすのは100点を取ることだけではない。90点で合格できるのであれば,勉強時間は100点の時の10分の1で済む。発想を転換すれば,信頼性や安定性を損なわずに迅速に行動できるはずだ。

 孫さん(編集部注:孫正義・代表執行役社長)はいつも言っている。「発想を変えろ,既成観念を捨てろ」と。私もまったく同じ考えだ。旧ボーダフォンの社員には困惑とか戸惑いがあるのは当然だが,携帯電話会社として長年培ってきたものは非常に貴重だ。そこに発想の転換や今までとは違うスピード感が加われば,携帯電話の世界に旋風を巻き起こせる。

発想を変える,常識を打ち破るとはどういうことか。

 今までのインターネットの世界は,パソコンが引っ張ってきた。携帯電話はインターネットとは全く関係ない電話から始まり,メールだ,iモードだ,というようにだんだんパソコンに近付いてきた。パソコン,インターネットという流れと,携帯電話の流れは融合するべきだ。

 これまでの携帯電話事業者は融合を拒否して囲い込みをしていた。まずオープン化して融合して,そこでどう利益を上げていくかを考える時期にある。利益を得るために囲い込みをするという発想は時代遅れだ。

パソコンと融合していくとすれば携帯電話はさらに肥大化していくのか。

 そんなことはない。必要なものをネットワーク側に持てばいい。必要なときだけダウンロードする発想だ。記憶容量だって大容量である必要はない。コンピュータは昔はメインフレームとダム端末だったが,それがクライアント/サーバー・システムへと発展。今はシン・クライアントが出てきた。

 今のパソコンはOSが肥大化している。パソコンと融合していくといっても,携帯電話はパソコンの世界をそのまま学んではいけない。学ぶべきはクライアント/サーバー・システムであり,新しい世代のシン・クライアントだ。端末に全部を持つのは間違いで,携帯電話は究極のシン・クライアントを目指すべきだ。

そのためには高速な通信網が必要となる。

 ソフトバンクモバイルはHSDPA(high speed downlink packet access)サービスを手がける。HSDPAはリリースごとに段階を踏んで伝送速度を高速化していける。アップグレードのコストもそれほどかからない。来年はHSDPAがメイン,再来年は下りも高速化したHSUPA(high speed uplink packet access)を投入する。

 もう一つは,携帯電話とは違う流れから出てくる。どこでもつながるわけではないが,多量のデータを安く伝送したいといった要望だ。その極限が無線LAN。問題点はあるが,多量のデータをもっとも安く伝送できる。ソフトバンクで既に実験をしているが,WiMAXといった技術もある。携帯電話に無線LANなどの技術を取り込み,最適なネットワークにトラフィックを分散していけば,トータル・コストは下がるだろう。(インタビューは9月14日)