2006年9月25日,オンライン・ゲームの仮想世界でアイテムをだまし取った人物が,現実の世界で詐欺の疑いで逮捕される,という事件が起こった。詳細は後述するが,この事件は,仮想世界のアイテム同士の交換で発生した案件であり,現金そのものがだまし取られたわけではない。仮想世界の台頭が叫ばれて久しいが,仮想世界で現実の犯罪が生み出されるまでのプロセスと舞台装置について,少し考えてみたい。

ゲーム内のアイテムが現実の財産と見なされる

 オンライン・ゲームの仮想世界を舞台とするユーザー同士のイザコザは,決して珍しいものではない。仮想世界に存在するアイテムや仮想通貨は仮想世界内で日常的に取引されており,取引に際して相手をだまして不当に利益を得るケースが後を絶たない。しかし,これまでは,現実世界の犯罪にまで発展したことはなかった。今回の事件が意味していることは,現在の仮想世界のビジネス・モデルは十分に進化しており,仮想世界のアイテムをリアルの財産と等価であると見なすのが妥当なケースが登場している,という事実である。

 犯罪の舞台となったのは,韓国NEXONの子会社であるネクソンジャパンが運営する無料のオンライン・ゲーム「メイプルストーリー」(MapleStory)。多人数が同時に参加するMMORPG(Massively Multiplayer Online Role Playing Game)と呼ばれるタイプのゲームである(関連記事:RMT総論:ゲームから生まれた仮想通貨の行方)。

 メイプルストーリーの特徴は,ゲームの中で通用するアイテムを,ネクソンジャパンのサイト内だけで通用する専用の電子マネー「NEXONポイント」で購入できるようにしている点だ。NEXONポイントは,クレジット・カードなどの現金や,他の一般的な電子マネーを使って購入できる。こうしたビジネス・モデルを“アイテム課金”と呼ぶ。同社は2003年12月にNEXONポイントの販売を正式に開始しており,国内におけるアイテム課金の草分け的な存在である。

 なお,ネクソンジャパンは2006年8月16日,ユーザー同士がメイプルストーリーの仮想アイテムと電子マネーのNEXONポイントとを交換する場である「MTS(Maplestory Trade Space)」のサービスも開始した。NEXONポイントはネクソンジャパンのサイト内だけに価値の影響範囲が限定される電子マネーであって現金ではない。しかし,現金で購入したNEXONポイントを現金相当と考えれば,MTSは実質的にRMT(Real Money Trade)と見なすことができる。

アイテム課金が無ければ犯罪と見なされなかっただろう

 詐欺行為の詳細は,こうである。(1)被害者はネクサスジャパンのサイトで現金を使ってNEXONポイントを購入(または別の手段でNEXONポイントを取得),(2)被害者はNEXONポイントを使ってゲーム内のアイテムを取得(または別の手段でアイテムを取得),(3)被害者はゲーム内アイテムとゲーム内の仮想通貨「メル」との等価交換を希望,(4)加害者は,被害者からの希望を受けて,加害者の仮想通貨メルと被害者のアイテムを交換するよう申し入れ,(5)加害者は,被害者からアイテムを取得した後,約束していた仮想通貨メルを払わずに(最初からだますつもりで)逃亡した。

 つまり,現金相当のNEXONポイントを使って購入したサービスをだまし取ったことが,現金に相当する財産を奪い取った,と見なされたのである。

 メイプルストーリーが“アイテム課金”というシステムを採っていなかったとしたら,ゲーム内の仮想アイテムをだまし取った今回のような案件は,おそらく現実世界の詐欺犯罪とは見なされなかっただろう。仮想世界のアイテムは,現実世界の財産とは認められないからである。実際,オンライン・ゲームの世界では,プレイヤ同士の同種のイザコザが色々な場面で日常的に起こっているのだ。

 記者には1つ懸念がある。それは加害者に犯罪への明確な意思があったのか,という問題である。「自分がやろうとしていることは詐欺である」という認識の下で,相手をだましていたのであれば,犯罪に問われても仕方がないかも知れない。だが,軽い気持ちでやったこと,状況に対して無知であったことを主張した場合,果たして詐欺罪を問えるのだろうか。他のオンライン・ゲームでは詐欺に問われないかも知れない,それと同じことを,たまたま“アイテム課金”を採用したオンライン・ゲームでやっただけかも知れない。

 現時点では,問題の人物は逮捕されただけで,罪状が確定したわけではない。しかし,仮想アイテムの奪取がそのまま現実の財産を奪っていることになる,という時代になりつつあることは間違いない。オンライン・ゲームの参加者は,未成年から高齢者まで数百万人規模に達する。仮想世界内に広告を掲載するモデルなど,仮想世界は現実世界と連携しながら新たなビジネスの場を成立させていくと考えられる。今回の犯罪はそのネガティブな面をあぶり出したと言えるだろう。