フィンランドに本社を置くノキアは,世界全体の携帯電話端末市場で3割強のシェアを握る「巨人」。日本のベンダーが束になっても,その数分の一の規模でしかない。ノキア・ジャパンの社長を務めるタイラー・マクギー氏に,日本市場の特異性や番号ポータビリティへの戦略を聞いた。(インタビュー期日は2006年8月4日)

携帯電話端末の格安提供は一般消費社会とずれている

日本の携帯電話市場は,世界の中でも変わっていると見られるが。

写真●タイラー・マクギー ノキア・ジャパン 代表取締役社長
写真:新関 雅士

 世界的に見て,日本のように携帯電話事業者がこれだけ端末に補助している国は少ない。端末に100ドル払おうが1ドル払おうが,ユーザーはどこかで端末のコストを払わされている。日本の場合は通話料金やパケット料金に上乗せされているわけだ。

 事業者が端末に対して補助金を出す目的は,新しい技術や製品に慣れてもらうため。しかし,もはや日本市場では必要ないのではないか。また事業者が端末に対して多額の補助金を出してしまうと,ユーザーは自分たちが買っているものの本当の価値を知らないままになってしまう。

 はっきり言えば,携帯電話の業界自体が,一般的な消費社会と少しずれているのではないだろうか。例えばケーブルテレビに加入したからといって,無料でテレビをくれる会社はどこにもない。また,「うちのガソリンを入れてくれれば,車を差し上げます」というガソリン会社も存在しない。

 ただ今後,日本の事業者や政府がインセンティブ制度を見直さなければならなくなった時には,ユーザーに対して事前に変えることの意義と価値をしっかりと伝えることが重要だ。そうしなければ,ユーザーから「1000円や2000円で端末が買えたのに,なぜこれからは3万円,4万円を払わなければならないのか」という不満が出てくる。それに見合う価値がなければ,ユーザーは絶対に納得しない。例えば通話料金を大幅に安くするなどの策と一体で進める必要がある。

日本では,海外で普及しているようなエントリー端末を長い期間販売して利益を得るというモデルを,事業者が認めようとしない風潮がある。

 確かに日本は高機能型の端末が中心だ。しかし事業者の仕様に対する要求が非常に厳しいため,メーカー側にとっては開発のために膨大なコストがかかる。販売できる期間も限られているため,ベンダー側にとっては非常に辛い。

 我々はもっとグローバルな視野を持ち,できるだけオープン・スタンダードのビジネスを展開したいと考えている。この点からすれば,ノキアは日本の事業者の要求をすべて満たしているわけではないが,それでもできるだけ日本仕様に合わせる努力をしている。

 ただし,我々は閉ざされた世界にいるのではない。事業者が言うことをすべて鵜呑みにする時代は終わったと思う。そのことは事業者も認識し始めているのではないか。

年内にNokia E60やE61といった企業向けのスマートフォン端末を販売する計画があるようだが。

写真●タイラー・マクギー ノキア・ジャパン 代表取締役社長
写真:新関 雅士

 既に日本でも,いくつかのベンダーからスマートフォン端末が投入されている。だが,それをスマートフォンらしく活用できていなければ,全く意味がない。

 複数のデバイスを一つに融合した端末を,我々はスマートフォンではなく「マルチメディアフォン」と呼ぶ。ノキアのマルチメディアフォンは,アジア・太平洋地域で多くのユーザーに利用されている。メールはもちろん,写真を撮影してブログに掲載するユーザーもいれば,PowerPointのプレゼンテーション資料を作成したり,デスクトップ・パソコンのスケジューラと同期したりするユーザーもいる。

 これから日本でE60やE61を販売することで,企業ユーザーに対してさまざまな体験をする機会を提供していく。これらは携帯電話のネットワークだけでなく,無線LANも利用できる。我々のビジネスにとっても,非常に大きなチャンスになるだろう。


海外で携帯端末は企業の資産企業はビジネス・ツールとして投資

E60やE61は,日本市場に向けて改良を加えるのか。

 日本市場で使うためには,当然ある程度は日本向けの仕様を追加しなければならない。日本で利用されているアプリケーションや日本語にも対応する必要がある。E61は「BlackBerry」も使えるが,これを日本語環境で使えるようにするなどだ。

 なお日本以外の多くの市場では,ユーザー企業は携帯端末を「資産」として位置付けている。ユーザー企業は事業者と直接交渉してできるだけ安い通話料金を維持し,端末は正規の価格でベンダーから直接購入するのが一般的。企業にとって端末はビジネス・ツールとして資産扱いをしているので,端末に対してはしっかりと投資をしている。

10月24日から,携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)が日本でも始まる。ノキアにとってはどのような影響が出ると思うか。

 ノキアというよりも,業界にとって新しいチャンスになるのではないかと思う。ユーザーが事業者を選択できることによって,当然何らかの動きが出てくるだろう。ただし,電話番号は簡単に持ち運べるけれど,メールのアドレスはいちいち変えなければいけない。ユーザーにとって電話も重要だが,携帯端末でメールを相当使っているのでこれによって事業者を変える動きが鈍るかどうかということを興味深く見ている。

 ノキア・ジャパンにとっては,MNPはプラスに働くと考えている。我々は現在ボーダフォン(10月からソフトバンクモバイル)向けの端末が多いが,NTTドコモのユーザーでボーダフォン向けの端末を使ってみたいという動きが出てくる可能性がある。

タイラー・マクギー氏
1964年8月3日生まれ。ニュージーランド出身。複数の大手携帯電話会社の営業,販売,経理担当を経て94年にノキア・オーストラリアに入社。95年半ばまでアカウント・マネジャーとしてノキアの事業開発を担当。その後,ノキア・モバイルフォン・オーストラリアの国内セールス・マネージャー,2002年にノキアの東南アジア・太平洋地区の営業担当副社長を歴任。2006年1月にノキア・ジャパン代表取締役社長に就任。趣味はヨット・セイリングと料理。

【ノキア・ジャパン】
設立 : 1989年4月
資本金 : 9500万円(2006年6月現在)
従業員数 : 約500人(2006年6月現在)
事業概要 : 携帯電話端末の開発・販売。ノキア全体の2005年度の総売上は341億9100万ユーロ。世界52カ国に主要拠点があり,販売拠点を置く国は130カ国以上。日本ではNTTドコモやボーダフォン向けの端末を提供している。