次代を担うSEを育て上げるには,自然発生的な育成のチャンスがやってくるのを待っていては遅い。取材したベテランSEは,部下に対して“腕試しの場”を意識的に与えている。あるときは鬼と化し難題に取り組ませ,ときには陰からサポートする黒子役に徹する。いずれも,部下がいち早く自立できる日がくることを願っての創意工夫である。

 以下では,ベテランSEが試行錯誤しながら取り組んでいる5つの工夫「(1)自分で考える癖をつけさせる」「(2)力量に見合った負荷をかける」「(3)システムの効果を実感させる」「(4)納得づくでやらせる」「(5)陰ながらサポートする」を紹介する。

工夫1
自分で考える癖を付けさせる

 上司が指示を与え,部下はそれに従う。配属直後の新人SEは別として,こんな育成方法を続けていては,いつまで経っても独り立ちできない。どこかで突き放す必要があるのは分かっていても,いつ何をすればよいのか,要領を得ない人もいるはずだ。

 住友林業情報システムの金児氏は今,部下の石田幸司氏(運用管理部 第1グループ,27)に「システム障害時の対処」や「ハードの選定/サイジング」といった運用管理に必要なスキルやノウハウを教え込んでいる真っ最中。金児氏は,「自分で考える癖を付けさせることが自立型SEへの第一歩」と考え,4つのフェーズに分けて石田氏を育成している。

 仕組みはこうだ(図5)。石田氏が運用管理部に配属された直後は,「まず運用管理という仕事を理解してもらうことが先決」と,金児氏が逐一指示を出し,石田氏はそれに従っていた。これがフェーズ0である。

図5●エンジニアに考える癖を付けさせる
住友林業情報システムの金児氏は,部下の石田氏が独り立ちできるよう段階的に育成している
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 石田氏が仕事に慣れてきたころを見計らい,次のフェーズに移行する。フェーズ1では,金児氏がどれも正解と思われる複数の対処策を石田氏に提示する。石田氏は,その中から“最適解”と思うものを選ぶ。「根拠を尋ねられるので,勘で選ぶわけにはいかない。なかなか正解できず,よくしかられた(石田氏)。

 今ではすでに,フェーズ2に入っているという。フェーズ1とは逆で,石田氏が複数の対処策を考え,その中から金児氏が妥当な策を選ぶ。「正解に近い複数の選択肢を考え出すには広い視野が必要。目先のことしか見えていないようでは無理」と金児氏は手厳しい。石田氏は悪戦苦闘の日々だ。

 それでも,修行中の石田氏に対し,金児氏は「たまにフェーズ1に戻って選択肢を提示すると,ほぼ正解できるようになってきた」と成長ぶりに目を細める。石田氏自身も「筋道を立てて,物事を論理的に考えられるようになった」と手ごたえを感じている。最終フェーズは「自分で考え,自分で決める」。ここまでくれば上司の手を離れ,一人前である。

 金児氏は自分が若手SEだったころを振り返る。「当時は,プロジェクトの頭から入って仕様策定からプログラミング,システム運用まで,なんでも1人でやる先発完投型の時代だった」。それが今では「完全に分業制度が確立している。当時と同じ環境を今の若手に与えることができないなら,いまどきの環境に合った育成方法を模索してみてもいいのでは」と提案する。

工夫2
力量に見合った負荷をかける

 経験豊富なSEであれば,「エンジニアとしてグンと伸びた」と自分の成長を実感できた時期があるはずだ。そのとき,自己の成長と「試練」がセットで思い出になっているSEも多いのではないだろうか。取材中にも「プロジェクトで難題に直面し,それを乗り越えることで成長できた」と至る所で耳にした。

 データベースの診断やチューニングなどを手掛けるインサイトテクノロジーの荒谷聡氏(コンサルティング事業部 部長,41)は,「自分の限界への挑戦は,自分自身の新たな能力を発見する格好の機会」と言い切る。それを実践するため,荒谷氏は部下に対し,普段からややオーバーワーク気味に仕事を与えている。「余力を残してできるような仕事しか与えないと,成長が止まってしまうから」というのが理由である。

 試練の必要性は今も昔も変わりはない。試練が自然発生しないのであれば,上司が意識的に課題を用意してあげるしかない。

 積水化学工業のベテランSEである小笹淳二氏(経営戦略部 情報システムグループ 主事,40)も,部下の力量や資質を見極めながら課題を与えている。部下がより高いステージへと昇っていけるように,ハードルの高さを微調整している(図6)。

図6●部下の力量に見合った負荷を与える
積水化学工業の小笹氏は,部下の力量や資質を見極めながらハードルを設定し,部下がより高みを望めるように挑戦させている
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 小笹氏は今,あるプロジェクトで部下だった根来亘氏(セキスイ・システム・センター グループシステム事業部 企画部,29)に,中小企業診断士の資格取得を勧めている。資格の勉強を通じて経営の視点が加われば,システムの企画や要件定義できっと役に立つ,との思いからだ。日常業務と並行しながらの資格の勉強はハードワークだが,これも小笹氏が設定するハードルの1つである。

 部下に与える課題は,工夫次第でいかようにもなる。例えば,1つのプロジェクトを細かいサブ・プロジェクトに分けて,部下の力量に合わせて少し多めにアサインしてもよい。小笹氏は,部下のスキル・レベルから必要な作業時間を勘案し,納期を少し短めに設定するなど工夫を凝らしている。「納期が短くなると,いつものやり方が通用しなくなる。別の方法を模索する過程で新しいスキルが磨かれていく」(小笹氏)。

 インサイトテクノロジーの荒谷氏も闇雲に負荷をかけたりはしない。部下には,メインの仕事を1つと,サブの仕事をいくつか与える方式をとっている。「もし,1つの大きなタスクでパンクしてしまうと,自分の限界が分析できず消化不良を起こしかねない。4つのタスクの同時処理でパンクすれば,限界が3つだと自分の力量を知ることができる」(荒谷氏)。

工夫3
システムの効果を実感させる

 「仕様はプライム・コントラクタが作成し,コーディングするのは2次請け以下のソフトハウス」──重層型構造を持つIT業界では,システムの利用者であるユーザーと直接会って話ができるSEは一握り。2次請けや3次請けのソフトハウスに所属するプログラマの中には,最後まで一度もユーザーに接する機会がないままプロジェクトが終わってしまうケースすらある。自分が開発したシステムがユーザー先でどのように利用され,役立っているのかを実感できないでいるエンジニアは決して少なくない。

 不動産関連の情報をインターネットやFAXを通じて提供している東京カンテイ。2004年4月に,同社に転職した山津知之氏(27)は,「自分が開発したシステムが収益に直結していると知ったときには本当にワクワクした」と目を輝かせる(図7上)。

図7●自分が手掛けた仕事の意義や効果を実感させる
東京カンテイの瀧内氏とパワーキットの高田氏は,「仕事の意義を伝えることがエンジニアの育成には不可欠」と訴える

 同社に転職する前まで山津氏は,大手ソフトハウスで2次請けの仕事に従事していた。決められたフォーマットに沿って仕様書を作成し,コーディング規約に沿ってプログラムを書く毎日に,「マンネリを感じて転職を決意した」(同氏)。

 山津氏が東京カンテイで開発した不動産のデータベース検索システムは,顧客が利用するたびに課金されていく仕組みのため,売上金額は管理者用の画面に逐次表示される。「サービス開始当初は,売り上げが気になってしまい,1日に何回も画面を見ていた」と山津氏は嬉しそうに話す。「検索画面のボタンやフィールドの位置を変更すればもっと使いやすくなるかも」と,画面のデザイン改良にも余念がない。

 山津氏の仕事に対する姿勢は,彼の上司である瀧内誠氏(システム部 課長代理,39)にとって,ある意味,狙いどおりであった。瀧内氏は「自分が作ったシステムが,会社の売り上げに貢献する楽しさを実感すれば,誰かに指示されなくても自分の意思で行動できるようになる」と,持論を心に秘めていたためだ。

 SIベンダーであるパワーキットの高田和衛氏(代表取締役,50)は,「ユーザーの喜んでいる顔を見るのがエンジニアとしての醍醐味」と言い切る。大学時代に管理工学を専攻していた高田氏だが,「コンピュータは大学の単位を取るための手段。あまり好きではなかった」と告白する。その後,大学を卒業して企業に就職した際,コンピュータが仕事の役に立っているのを目の当たりにして「ITの魅力を再認識した」(図7下)。

 外為どっとコムの大嶋氏も,大学時代に情報処理を専攻していたが,数学に近い研究課題に興味は次第に薄れていき,就職先にはITとは無縁の営業職を選んだ。その後,営業支援用にExcelで簡単なツールを作ったところ,「これは便利」と部署内で評判になったことがきっかけとなり,もう一度ITの世界に戻ってきた。

 “モノ作りの楽しさ”と“誰かの役に立つという充実感”は,SEにとって不可欠な要素。瀧内氏は「部下が自分の手掛けた仕事の価値を理解できていないのであれば,価値を実感させてあげるのも上司の大切な役目」と訴える。

工夫4
納得づくでやらせる

 上司の命令だから従っているだけ。部下がそんなモチベーションでは,良いシステムなど組めるわけがない──マンションや貸店舗の建築,仲介などを手掛ける東建コーポレーションの小山氏は,「自立型SEを育て上げるためには,納得した上で仕事をさせることが重要」と断言する(図8)。プロジェクトを遂行する中で上司と部下の間で意見が対立した場合,「自分なりに考え,ある程度私を納得させてくれたなら,若手SEの意見をできるだけ尊重することにしている」(同氏)。

図8●納得する方法を選ばせる
東建コーポレーションの小山氏は,「本人が納得する方法を選ばせることが自立型エンジニアへの一歩」と考える

 同社は2002年に,クライアント/サーバー(C/S)型の業務システムをWeb型システムとして再構築するプロジェクトを立ち上げた。その際に小山氏と若手エンジニアとの間で,システムの発注先の選定で意見が割れた。

 小山氏は,既存のC/S型システムを構築したA社を推した。「過去に構築実績があり,業務をよく理解しているA社のほうがリスクは小さい」(同氏)との理由からだ。一方,ベンダーとともに手を動かす30歳前後の若手SEたちは,これまでの付き合いの中でA社の品質に疑問を感じていた。そこで若手グループはそれまで実績のないものの,A社とは別のB社を推した。最終的には若手SEが「どうしてもやらせてほしい」と小山氏を説得する形で,B社に発注することが決まった。

 プロジェクトが始まり,小山氏の懸念は的中してしまう。B社の自社業務への理解が足りない点がボトルネックとなり,プロジェクトが遅延し始めたのである。

 小山氏は部長という立場上,事態が収拾しないようであれば火消し役として乗り出す覚悟はできていた。しかし,その心配は無用に終わった。若手SEが自主的に集まり,休日を返上してB社に業務を教え込み,事態の収拾を図り始めたのである。その後もいくつかB社との間で行き違いはあったものの,若手SE主導でプロジェクトを完遂させることができた。

 結果として山あり谷ありのプロジェクトとなったが,自分で決めたことに最後まで責任を果たそうとする部下の姿勢を見たとき,小山氏は「若手SEに判断を任せたことは間違いでなかった」と確信したという。最後に小山氏はこう言う。「A社に発注すれば100%成功すると決まっていたわけではない。もし,私の指示で決めたA社でプロジェクトが遅延したら,部下が自主的に動くことはなかっただろう。手を動かすエンジニア本人たちが納得して仕事に取り組んだからこそ,良いシステムが作れたのだと思う」。

工夫5
陰ながらサポートする

 工夫2で紹介したように部下に試練を与える際,何もチェックせず完全に放ったらかしでは上司の役割を放棄しているにすぎない。表面上は厳しく指導しながら,部下の気づかないところでサポートするのも管理者としての上司の役割である。

 カブドットコム証券の阿部氏は,部下の1人である松浦芳和氏(システム統括部 次長 兼 業務開発課長,31)の育成時のエピソードを「もう時効だから」と教えてくれた(図9)。

図9●陰ながらサポートする
部下に任せっきりでは単なる「無管理」。陰ながらサポートする姿勢が上司に求められている。カブドットコムの阿部氏は,入社したばかりの松浦氏を裏でサポートしていた時期があったことを明かす。その松浦氏も,今では中堅のエンジニアとして活躍している
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 阿部氏は,中途採用で入社した当時の松浦氏のことを「技術的な専門知識はあるが,部署間の調整や段取りといった“仕事の進め方”は危うかった」と振り返る。技術者は自分の担当分野にのめりこむ傾向があり,ベンダーとの打ち合わせなどの仕事の段取りをおろそかにしがちなのだという。

 そこで阿部氏は,折を見て松浦氏に,「他部署との調整は進んでいるのか」と指摘した。実はこの時点ですでに,阿部氏は他部門やベンダーなどへの根回しを済ませている。「業務を期日通りに遂行させるためには,管理者として放置はできない。でも,根回ししていることは本人には絶対伝えない。“抜け”を指摘して本人をドキッとさせると,印象に残って次回から気を付けるようになる」(阿部氏)。

 その松浦氏も今では中堅SEとなり,阿部氏に代わってアプリケーション開発の陣頭指揮を執れるまでに成長している。

 清水建設の野田氏も,若手SE時代の放任主義の上司を思い起こし,「放任はあくまでポーズで,実は陰でサポートしてくれていたようだ」と後から気がついた。

 できるSEは,普段厳しく接していても,陰では必ずサポートしている。あるベテランSEは,いつも自分が出席している重要な会議に部下を出席させた。経験を積ませるためである。万が一,部下がプレッシャーに押しつぶされて会議に出られなかった場合に備え,いつでも代わって出られるように会議資料は一通りそろえておいた。結果的に部下は,会議を無事乗り切った。そして自立型SEへの道を歩み始めている。ベテランSEは部下が気づかぬように机の陰で,出番のなかった会議資料をそっと破り捨てた。