前回の「リコールに見る個人情報の有益性とリスク」では,相変わらず続く製品リコールと個人情報の関係について触れた。今回は,筆者が実際に遭遇した製品リコール関連の事例を取り上げてみたい。

一企業として見る顧客と部門単位で動く現場の認識のズレ

 2006年2月27日,東京ガスは1998年9月から2004年1月までに家庭用ガスコンロ接続用に設置した「空気抜き孔付き機器接続ガス栓」の一部にガス漏れが発生する可能性があることが判明したため,対象顧客を巡回し自主的な確認作業を実施することを発表した(「空気抜き孔付き機器接続ガス栓のご使用に関するお願いと自主的な確認作業の実施について」参照)。これを受けて翌28日,経済産業省は同社及び他のガス事業者に対し,今後の対応策などについて報告するよう指示した(「ガス栓からのガス漏えい事故の再発防止について」参照)。

 東京ガスはダイレクトメール約131万件を該当する顧客に発送し,筆者のところにも「お客さまによる安全確認のお願い」と題したはがきが届いた。告知はがきには「なお,弊社または協力企業におきましても,事前にお客さまにご連絡の上,順次訪問し,確認作業を実施させていただきます」というただし書きがあり,松下電器が全世帯に郵送した告知はがきと比較して,文面から緊急性が伝わってこなかった。問い合わせ先フリーダイヤルの受付時間も,松下電器では「土・日・祝日を含む24時間」だったのに対し,東京ガスでは「午前9時から午後7時まで(土日祝日は午後5時まで)」となっている。はがきにURLやメールアドレスの記載はなく,同社ホームページの「お客さま窓口」を見ると,インターネットによる問い合わせについても「お急ぎの場合は,お電話にてお問い合わせください」と記載されていた。深夜しか自宅にいない顧客からの問い合わせは,あまり想定されていないようだ。

 東京ガスは毎月検針にやって来る。たまたま3月上旬に受け取った「検針結果のお知らせ」を見ると,ガス料金,引越しなどの電話連絡先は「月~土:9時~19時受付」,ガスもれ時連絡先は「24時間受付」,ガス機器修理などの連絡先は「平日:9時~19時 休日:9時~17時」となっていた。裏面には「お引っ越しのご連絡はインターネットが便利!」という告知があり,夜間・休日もインターネットで引越しの申込みができることをアピールしている。ガス栓の自主点検よりも新学期シーズンの引越し対応の方が大変なのだろうか。

 東京ガスの個人情報の取り扱いについては,利用目的がはっきりしており,特に問題ない。だが,カスタマーサポートやCRMシステムに関わったことがある方なら,顧客とのコンタクトポイントが一元的に管理されていないこと,情報の優先順位付けなど緊急事態に遭遇した時のリスク・コミュニケーションが上手く機能していないことにすぐ気付くだろう。顧客は「東京ガス」という一企業を注視するのに対し,企業側は部門単位で事を進めようとしている。危機打開のために全社的なリーダーシップを担う経営者の姿も顧客には見えてこない。縦割り組織の隙間を突かれた松下電器温風機リコール事件の教訓は,東京ガスには生かされていなかったようである。

ガスの保安対策と個人情報保護対策の共通課題

 3月10日,東京ガスは安全対策の進捗状況を経済産業省に報告した(「空気抜き孔付き機器接続ガス栓の自主的な確認作業の実施に係る経済産業省原子力安全・保安院への報告について」参照)。これに対して,同省は厳重注意を行った(「ガス栓からのガス漏えい事故に関する東京ガス(株)からの再発防止策等に係る報告について」参照)。経済産業省のニュースリリースを見ると,東京ガス自ら,当時の現状認識として「事故後の原因究明および取組み」「外部に対する情報提供」「社内における情報共有化」の3点を挙げている。同社の想定の甘さは,緊急時のリスク・コミュニケーションを通じて,顧客に伝わっている点を忘れてはならない。

 その後筆者のところには,自主的な確認作業の告知はがきが数回送付され,7月に点検を受けて問題のないことが確認された。最初から東京ガスが全社レベルで危機を認識し,対策を講じていたら,深夜しか自宅にいない顧客への対応など,もっと円滑に点検作業を進められたのではないだろうか。

 個人情報保護法の場合,「個人情報の保護に関する基本方針」で,二次被害の防止,類似事案の発生回避などの観点から,個人情報漏えい事案公表の重要性をうたっている。根底にあるリスク管理の考え方はガスの保安対策と同じである。

 ところで,東京ガスのプレスリリースを見ると,2005年4月以降こんな題名が並んでいる。

 個人情報保護の面でも,やはり「類似事案の発生回避」は課題のようだ。次回は,「究極の個人情報」と言われる遺伝子情報について考えてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディンググループマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/