「システム管理者は社内で嫌われやすい」。記者が取材先からよく聞く言葉である。実際に,一般ユーザーの立場である読者の皆さんの中にも,システム管理者(特にクライアント管理担当者)のことを嫌っている人が多いと思う。「ユーザーによる自由な,創造性あふれるパソコン利用を禁止する取締官」---これがクライアント管理担当者の(一般的な)イメージだろう。

 記者も,ある先輩記者からこんな質問をもらった。「システム管理者がユーザーを取り締まるモチベーションって何なの?」。先日もITproで「従業員所有PC」(関連記事:「会社のPC」は無くなる)というアイデアが話題になった。これを読んで「社員の創造力を高めるために,取り締まりを止めさせたい」と思った方もいるだろう。

 違う感想を持った人もいるようだ。つまり「パソコンの面倒を会社(システム管理者)に見てもらえなくなる」という悲鳴だ。「会社が“PC音痴”を見捨てる日」という大胆な見出しを付けた別の先輩記者である。

 そして,これらの発言に接した記者(私)は,(ここが「記者のつぶやき」というコーナーであるだけに)こうつぶやきたくなるのだ。「もういい加減にしてほしい」と。そもそも世のシステム管理者は,「エンドユーザーを取り締まろう」などと思ってはいないからだ。

「クリエイティビティは犠牲にできない」という言葉

 記者は,従業員所有PCというアイデアを素晴らしいと思っている。このアイデアのキモは「最新のテクノロジを活用して仕事をするのであれば,エンドユーザーにアイデアを出してもらうのが合理的」だと思う。いわゆる「集合知」の活用であり,とても魅力的に感じる。

 実は記者は,これとほぼ同じ考えを「クライアント管理」の取材中に,「システム管理者」の方から聞いているのだ。記者が執筆した「プロが教える正しいWindowsの管理」(「日経Windowsプロ」2005年4月号)という記事から,バンダイの事例を紹介しよう。

 バンダイは,マイクロソフトのクライアント管理ツール「Systems Management Server(SMS) 2003」の導入企業だ。SMS 2003は非常に強力なツールで,ユーザーがパソコン上で実行できるあらゆる行為を禁止したり,ユーザーの行動の詳細な履歴をとったりできる。ではバンダイがSMS 2003を使って「ユーザーをガチガチに縛ろう」と思っているのだろうか。

 それは全く事実と異なる。同社のクライアント管理担当者である暉由紀氏の言葉を紹介する。

 「当社のような企業にとっては,従業員の自由な発想こそが命。ヘルプデスクの負担を考えると,クライアント管理の水準を強化して管理の効率を上げたいと思っているが,エンドユーザーに自由を与えることも重視している」(日経Windowsプロ2005年4月号より)。

 コンテンツ創造の役に立つなら,エンドユーザーにはどんなアプリケーションでも積極的に使ってもらって構わない---というのがバンダイのスタンスだ。エンドユーザーの創意工夫を妨げる意図は一切ない。

 その一方で同社は,セキュリティ上問題になるような「使用禁止アプリケーション」のリストをエンドユーザーに提示している。「禁止アプリケーションを勝手にインストールしたら解雇対象になる」というルールもある。「業務で使うデータはローカルのハードディスクに保存させない」ことも徹底させていて,ユーザーごとのフォルダをファイル・サーバーに確保している。これらを実現するには,SMS 2003が必要だった。

「やっぱり取り締まってる」のだろうか?

 ここまで読んだ方で,「禁止アプリケーションのリストがあったり,データをローカルに保存できなかったり,やっぱりシステム管理者はエンドユーザーを取り締まってるじゃないか」と思われる方がいらっしゃるだろう。

 そういう方には,別のシステム管理者の言葉をお伝えしたい。

 先日の「TechEd 2006 Yokohama」で,「情報漏えい徹底防御 vs.使いやすさの追求」というパネルディスカッションが行われた(関連記事:【TechEd】パソコンの安全性と利便性,どっちが大事?)。このパネルディスカッションは,エンドユーザーとシステム管理者の立場に分かれて,それぞれの目に映るクライアント管理の姿を討論しあうものであった。

 その中であるシステム管理者が,「なぜ情報漏えい対策をするのか」という理由をこう語った。

 「誰がデータにアクセスしたか,確実にログを記録したい。そうしなければ,情報漏えいが発生した場合に,社員全員を疑わなければならなくなるからだ」

 システム管理者は,エンドユーザーを取り締まりたいのではない。ただ守りたいだけなのだ。

パソコン音痴は見捨てられているか?

 それでは「従業員所有PC」のようなアイデアが実現された日に,セキュリティ・レベルを維持できない「パソコン音痴」は,会社に見捨てられるのだろうか。

 記者は,違うと思っている。

 上で紹介した「会社が“PC音痴”を見捨てる日」という記事に,非常に興味深い発言があった。

 「(従業員所有PCの)試行を始めた企業か組織があると言っていた。面白いのは,その組織がセキュリティとかコンプライアンスに厳しく,長年にわたって管理強化に取り組んできた,という点だ」。

 先輩記者は続けて「セキュリティとコンプライアンスを考え抜いた結果,従業員所有PCというアイデアにたどりついたそうだ」と語るが,記者は全く逆の感想を得た。それは,「従来からセキュリティとコンプライアンスの維持に取り組んでいた企業でなければ,従業員所有PCというアイデアには手を出せない」という感想である。

 パソコンのセキュリティ水準を維持するのは,(残念なことに)恐ろしく高度な技術を必要とする極めて難しい作業だ。ユーザーにとっては「パソコンを使うことだけが仕事ではない」のだから,ユーザーが不断の努力でセキュリティを維持するのは,正直言って不毛だ。

 先輩記者はさらに,従業員所有PCの導入企業では「おそらく情報を漏らした社員はポリシー違反で処罰するのだと思う」と想像している。しかし記者(私)は,そこにシステム管理者が存在する限り,彼らが「ユーザーを守る」努力をしていると信じている。それがシステム管理者の「性(さが)」だからだ。できれば記者も,従業員所有PCの導入企業に取材したいと思っている。

パソコンの可能性を信じられるか否か

 最後に,記者が「クライアント管理とは何だ」と思っているのか,述べさせていただきたい。

 先に「パソコンを使うことだけが仕事ではない」と述べた。しかし,仕事のためにパソコンを使っている限り「パソコンの使い方とは,社員の働き方そのもの」でもある。そして,パソコンの使い方はクライアント管理手法によって大きく左右されるのだから,「クライアント管理は,社員の働き方を決める」と思っている。

 つまり,システム管理者は社員の働き方を左右する,非常に重い責任を背負っている。社員の働き方がパソコンに依存していれば依存しているほど,その責任は重い。記者の知っている優れたシステム管理者は,社員の働き方を考えながらクライアント管理の仕組みを作っていた。しかし優れたシステム管理者であるほど「システム管理者だけが社員の働き方を決定するのは不可能」ということを意識している。そういう結論に行き着いたとき,「社員自身に自分の働き方(パソコンの使い方)を考えてもらう」という「従業員所有PC」のアイデアが輝いて見えるのだ。

 「パソコンを使うことがそんなに重要か」という問の答えは,人や企業によって異なる。バンダイは「重要だ」と判断したが,「重要でない」「コストに見合わない」と考えれば,シン・クライアントを使ったり,ガチガチに管理されたパソコンを利用させるのも,良いアイデアになるだろう。

 システム管理者は,エンドユーザーを取り締まる憲兵でもなければ,エンドユーザーの無理に応える奴隷でもない。エンドユーザーとともに考え,ともに苦しみ,ともに喜び,ともに働く「頼れるパートナー」だと思う。記者は,そう誇りに思って働いている「プロのシステム管理者」を何人も知っている。

 TechEd 2006 Yokohamaのパネルディスカッションでも,「エンドユーザーとシステム管理者の対話の重要性」が指摘された。もし読者の皆さんがシステム管理者を嫌っているのだとしたら,一度彼らと「仕事を良くする」ための会話をしていただきたいと思っている。

【追記】
 ここで紹介した「プロが教える正しいWindowsの管理」が掲載された「日経Windowsプロ」は2005年12月に休刊しましたが,コンテンツはPDF形式で「日経BP記事検索サービス」というサービスから購入できます。

 この特集記事には,1600人のシステム管理者/ユーザーの方に調査をした「Active Directoryの導入率」「ローカルの管理者権限をユーザーに与えている比率」「私物パソコンのネットワーク接続を制限している比率」「クライアントのセキュリティ更新を自動化している比率」などのデータ(調査時期は2005年2月)のほか,クライアント管理に成功しているシステム管理者に伺った「極意」が掲載されています。クライアント管理に悩まれている方に,是非ご一読いただきたいと思います。