米クアルコムのエドワード・G・ティードマン エンジニアリング部門上級副社長
米クアルコムのエドワード・G・ティードマン エンジニアリング部門上級副社長
クアルコムジャパンの山田純代表取締役社長
クアルコムジャパンの山田純代表取締役社長

 無線ブロードバンドの実用化議論が進むなか,クアルコムジャパンが推進する「IEEE 802.20 MBTDD-Wideband」(以下,802.20)は,日本国内における通信事業者の検討状況でやや劣勢に立たされてきた。採用方式の第1候補にモバイルWiMAXを挙げる通信事業者がKDDIやソフトバンクなど多数ある一方,802.20の検討を明らかにした事業者は今のところ1社もないことが,実情を端的に物語っている。

 通信事業者の声を総合すると,モバイルWiMAXを選択する理由は(1)標準化が済んでいる,(2)機器を提供するメーカーが多い,の2点に集約される。裏を返すと,802.20はこの2点でモバイルWiMAXに後れを取っているという評価を受けている。これが,両者の差となっているわけだ。

 しかしクアルコムが,802.20をあきらめる考えはない。技術面では優れているとの自負があるからだ。米クアルコムで標準化を担当するエンジニアリング部門のエドワード・G・ティードマン上級副社長は,「802.20は移動通信に最適化しており,固定無線がベースのモバイルWiMAXに比べ優れた点が多い。例えば,端末が高速移動する場合やユーザー数が多い場合でも,スループットを安定させられる」と主張する。今秋以降,複数の巻き返し策を打つとの考えを明らかにした。

標準化作業を立て直して2008年に機器を出荷

 まずは,標準化作業の立て直しを目指す。すでに「IEEE 802.16e」として標準化を完了しているモバイルWiMAXに対し,IEEE 802.20は標準化が完了していない。しかもIEEEでの802.20の標準化作業は現在,10月1日まですべての活動を一時中断している。2006年6月に,IEEE(米国電気電子技術者協会)で標準化作業を束ねるIEEE-SA(IEEE Standards Association)が,標準化作業が正常に機能しなくなったとして中断を命令したためだ。

 これに対しティードマン上級副社長は「会議の進行が適切でないとのクレームがあったため,一時中断に至った。しかしクレームは,敵対する陣営による妨害工作と見えるものが多かった」と主張。クアルコムジャパンの山田純代表取締役社長も「その後の検討で却下されたクレームも多い。会合を再開する11月以降は,順調に標準化作業を進められるだろう。802.20の標準化の進行は楽観視している」と力説した。

 標準仕様が固まるのは,「2007年中ごろの早い時期になるだろう」(ティードマン上級副社長)との見通し。仕様の確定と歩調を合わせることになるが,クアルコムは802.20対応のチップを「2008年前半にサンプル製品を出荷し,後半には量産品を発売する予定」(クアルコムジャパンの石田和人・標準化担当部長)としている。

802.20の推進団体を設置して仲間作り急ぐ

 さらに,仲間作りでモバイルWiMAXに先を越されている状況を解消するため,「メーカーや通信事業者などによる802.20の推進組織の設置に向けて準備を進めている」(ティードマン上級副社長)。詳細なスケジュールは明らかにしていないが,「2007年1月までにある程度の形にすることを目指している」(石田部長)。

 WiMAXの推進団体である「WiMAX Forum」は,350社を超えるメーカー,通信事業者,ユーザー企業が参加。WiMAXの普及推進に向けて活動を進めており,すでに多くのメーカーがモバイルWiMAX対応機器の開発を表明している。

 WiMAX Forumでは,基地局や端末などの相互接続試験も実施する。KDDI技術開発本部技術戦略部の要海敏和ワイヤレスブロードバンド開発室長は,「携帯電話端末を開発する際,接続試験に多額のコストがかかる。WiMAX Forumが相互接続を保証してくれれば,サービス全体のコスト削減につながる」と評価。これこそが,モバイルWiMAXの採用を検討する大きな理由になっているという。

 これに対し802.20は,標準化の遅れもあり推進団体を組織できていない。こうした事情からか,802.20はクアルコム1社が担ぐ技術と通信事業者に見なされ,採用する事業者が現れない状況が続いている。「802.20が技術的に優れていても,機器の選択肢が少ないと商用化には踏み切れない」(イー・アクセスの諸橋知雄・WiMAX推進室最高技術責任者)という声もある。802.20がモバイルWiMAXに対抗するには,どれだけ“仲間”を作れるかが命運を分けそうだ。

 こうした動きとは別に,クアルコムは関係者向けのデモンストレーションも実施する。技術面の優位性を訴えるためだ。「クアルコム本社がある米サンディエゴで,今年11月に第1回のデモを実施する。日本の通信事業者やメーカー,政府関係者を招待する予定だ」(クアルコムジャパンの石田部長)。さらに2007年3月までには,商用サービスと同様の環境を想定した,複数のアンテナ間でのハンドオーバー機能を実装したデモを行う予定だ。

表 IEEE 802.20とモバイルWiMAXのスペックの比較
IEEE 802.20 *1 モバイルWiMAX
MBTDD-Wideband MBTDD 625k-MC mode
最大伝送速度*2 下り 24.0Mビット/秒 23.9Mビット/秒 20.74Mビット/秒
上り 10.7Mビット/秒 9.1Mビット/秒 11.52Mビット/秒
移動速度 ~時速250km 時速60~70km ~時速120km
通信方式 OFMDA TDMA OFDMA
標準化完了 2007年中? 2005年12月

*1 IEEE 802.20には,米クアルコムが提案する「MBTDD-Wideband」と米アレイコム,京セラが提案する「MBTDD 625k-MC mode」の2種類の方式がある。
*2 帯域幅が10MHzの場合。総務省の広帯域移動無線アクセスシステム委員会 技術的条件作業班第2回会合の資料から引用
OFDMA:orthogonal frequency division multiple access
TDMA:time division multiple access