●伊那市有線放送農業協同組合の事務局(本局)は,JR飯田線・伊那市駅からタクシーで約10分。イラストの風景は,本局から北西に5kmほど離れた西箕輪支局で,ADSL実験の場となった八つの支局の一つ。東西にアルプス山脈がそびえる。

 日本は,世界でもトップクラスのブロードバンド大国である。そのきっかけとなったのがADSLサービスの登場だ。

 時は1997年にさかのぼる。当時インターネットといえば,アナログ・モデムでのダイヤルアップ接続とISDN接続が主流であり,より高速のインターネット接続環境が求められていた。

 そんな中,脚光を浴びた技術が電話回線などの銅線を使って高速通信を実現するADSLである。ただ,NTTは当時から回線の光化を進めており,ADSLの実用化には消極的だった。

 そんな中,名乗りを挙げたのが長野県伊那市である。伊那市には,有線放送農業協同組合が敷設した独自の有線ネットワークがある。「このインフラをADSLのサービス実現に欠かせない実験の場として使おうと考えた」(当時,同組合参事の中川 泰氏)。

 伊那市の有線放送事業は1956年に始まった。農業を営む山村地域の通信手段として利用されており,今も有線ラジオ放送と,組合員同士が連絡するための地域内電話に使われている。

 ADSLの実験が始まったのは1997年9月。ボランティアを募り,機器メーカーや地元のプロバイダの担当者,地元の有志が伊那市に集まった。実験の場は,伊那市街にある本局と,伊那市に点在する全8カ所の支局。各所にADSL機器を設置してインターネットにアクセスした瞬間,驚きの声が上がった。「まるでLANを使っているようだった」(実験に参加した富士通長野システムエンジニアリングの竹村克也部長)。実験は成功裏に終わり,結果が公表された。

 その後,国内にADSLインフラ事業者が誕生し,1999年にはNTTがADSLサービスを開始する。こうしてブロードバンド時代の幕が開く。