大和田氏写真 筆者紹介 大和田崇(おおわだ・たかし)

ストック・リサーチ代表取締役 国際大学GLOCOM 客員研究員/地方自治体IT調達協議会委員。1969年仙台市生まれ。93年東北大学工学部原子核工学科卒業。同年日経BP社に記者として入社。情報技術動向に関する記事を執筆。97年ベンチャーキャピタルの株式会社ジャフコ入社。投資調査部で内外のIT関連技術評価を担当。00年コンサルティング会社である株式会社ストック・リサーチ設立。中央官庁、地方自治体、金融機関の情報システムに関するコスト評価やEA導入などに従事。05年から現職を兼務。大野城市システム調達評価委員。主な著書は「大丈夫かあなたの会社のIT投資」(NTT出版)、ITビジネス「超」進化論(東洋経済)など。

 地方自治体における主体的なIT調達改革の動きが本格化してきている。

 数年前から始まった中央官庁におけるIT調達改革では、CIO補佐官やEA(エンタープライズ・アーキテクチャ)といった新しい制度やフレームワークが相次いで導入され、一定の成果をあげてきた。

 当初はEAの仕組みが、そのまま地方自治体にも普及すると考えられていた。しかし、地域特有の課題を抱える地方自治体では、包括的な制度の導入がうまくなじまない面があり、中央省庁型のEAをそのまま導入するところは実際にはそれほど多くなかった。また、CIO補佐官制度についても、人材不足という大きな問題があり、こちらもスムーズに導入が進んでいるというわけではない。

 また、一口に地方自治体といってもその規模はさまざまである。高知や佐賀など、県レベルの大規模な自治体では、独自の調達改革フレームワークを策定することで成果をあげているところもある。しかし、市町村レベルの自治体においては、調達改革のための予算を計上することすら難しいというのが現実である。

 このような中、予算や人員の制約を受けながらも、独自の取り組みを進める市町村が増えてきている。本連載では、福岡県が提唱する電子自治体共通化技術標準を活用してシステム構築を行うことを決定した福岡県大野城市のケースをもとに、小規模自治体における調達改革のあり方について議論してみたい。

 大野城市は福岡市に隣接する人口10万人弱の自治体である。大野城市では、他の多くの自治体と同様、メインフレーム以外のシステムについては、原局、原課が中心となって調達を実施してきおり、ベンダー側にある程度裁量権を持たせる形でシステムの開発/運用を行ってきた。業務を熟知している原局、原課と情報技術の専門家であるベンダーがうまく相互補完するという方式である。

 しかしながら、ここ数年、従来型の調達方法における課題もいくつか目にとまるようになってきた。

 一つはコスト面である。

 システムの方式や開発手法についてベンダーにある程度の裁量権を与えれば、低リスクで信頼性の高いシステムを開発することができる。一方で、コスト面での主導権もベンダー側に与えてしまうことになり、市役所側におけるコストの管理が難しくなる。

 一般的に、原局/原課が主体となって行う調達では、各部署におけるシステムの調達頻度は数年間に1回程度になる。調達を担当し、システムに関するノウハウを習得した職員の多くは、次の調達時には部署に残っていない。このため、システムの状況に明るくない職員がベンダーと価格交渉を行うことになり、コストに関する主導権を確立することが難しくなってしまうのである。大野城市の場合も同様で、これまで調達したシステムのコストが適正な価格だったのかどうか、把握できていないという悩みをずっと抱えていた。

 大野城市に限らず、ほとんどの自治体において、今後、予算規模が大きく増えることは考えにくい。システム方式や開発/運用手法について、役所側が主導権を握り、コストを主体的に管理することが強く求められるようになってきた。

 コストに加えて機能面での制約も顕在化してきていた。市民サービスの向上のため、役所内のシステム機能の統合を進めるにあたって、ベンダーごとの技術仕様の違いが大きな壁になってきたのである。

 具体的な課題として浮上してきたのがシングルサインオンである。大野城市ではシングルサインオンの導入を検討したが、技術仕様の違いから、複数システムへのアクセスを統一して処理することが難しいということが判明したのである。このことは、コスト面だけでなく技術仕様についても役所側が主導権を取握っていかないと、本格的なシステム間連携を実現していくことが困難であることを意味している。

 もう一つは、調達プロセスの透明化と技術力のある地域ベンダーの積極的な育成である。

 慣れ親しんだベンダーに開発をまかせれば役所側も安心して日々の業務を行うことができる。しかしこのような状況が長く続くことによってベンダー側の甘えを招くリスクがある。

 また、なぜそのベンダーに開発をまかせているのか、どのような経緯でベンダーを選定したのかというプロセスについて、より明確な外部説明が必要だ。大野城市内部においても同様の声が上がってきていた。従来とは異なる、公平でオープンな調達プロセス作成の必要性が高まってきたのである。

 また、市役所の重要な業務のひとつに地域産業の育成というものがある。地方自治体はそれぞれの地域における最も影響力のあるITユーザーである。市役所側がベンダーに対してフェアで厳しい競争環境を提供すれば、おのずと技術力のある地域ベンダーを育成することにつながってくる。その意味で、IT調達において役所側が主導権を握ることの意味は大きいといえる。

■市長の後押しで急速に進展

 市役所の内部からこのような動きが出てくる中、これを後押しする強力な援軍が現れた。システムの共通化をフル活用した市役所業務窓口の一本化(ワンストップ化)をマニフェストに掲げて2005年9月に当選した井本宗司市長の就任である。

 市長就任後、システムの共通化を含めた調達制度の改革は急速に進展することになる。市長就任から約半年後の3月30日には、福岡県の電子自治体共通化技術標準を活用した共通基盤システムと、共通基盤システムに対応した財務会計システムの開発ベンダーをプロポーザル方式で決定した。(関連記事

 大野城市におけるシステム調達改革のポイントは以下の三つである。

  1. システム部品の共通化
  2. 技術仕様のオープン化
  3. 調達方式の改善と客観的評価基準の策定

 自治体の業務は各自治体間であまり差がなく、似たような業務プロセスとなっている。このため、システムの機能を共通部品化することで、他のシステムにも応用するというやり方が十分に通用する。この方法を普及させれば、ベンダー側は、個別の業務アプリケーションに必要な部分のみを開発すればよくなるので、従来より低コストでシステム開発ができるようになる。つまり、役所側の支払う金額を大幅に削減できるというわけだ。大野城市が取り組んだ調達改革のねらいの一つは、このシステム部品の共通化によるコストの低減である。実際、今回導入した共通基盤と財務会計システムは、予定価格より安い金額で落札された。大野城市では、共通基盤を導入、今回のような取り組みを継続的に実施することによって、全体として、10%程度の開発コスト、および、30~50%程度の運用コスト削減を目指す。

■図 共通基盤システムを中心にシステムを再構築
 (大野城市)
共通基盤システムを中心にシステムを再構築(大野城市)

 部品の共通化は調達のオープン化にもつながってくる。

 部品を共通化するためにはある程度の技術仕様を公開しなければならない。ベンダー各社が公開された共通の仕様に沿って開発を行うことによって、異なるベンダー間のシステムであっても容易に相互接続や統合が可能となる。また、特定ベンダーが保有している技術によって調達が左右されることもなくなるため、結果として調達プロセスの透明性が高まることになる。

 調達プロセスのオープン化をさらに推進するのが、調達方式の変更である。随意契約による調達をできるだけ少なくし、総合評価方式もしくは企画コンペによる調達を積極的に進めることを決定した。

 総合評価方式や企画コンペでは、どのような基準でベンダーを選定したのか、合理的な説明が求められる。システム技術について専門知識を持たない原局、原課の職員でも、客観性の高い評価ができるよう、統一した調達評価基準の策定にも併せて取り組んだ。

 これらの施策を実際に導入するためには、難易度の高い問題をいくつもクリアしなければならない。

 次回からは、これらの具体的な解決策について説明していきたい。