松島 克守氏 東京大学工学系研究科  技術開発戦略学専攻教授

 経営戦略はビジネスモデルに展開され、ITで実装されなければならないという話をしよう。まず3点を確認しておきたい。

 1つは「情報とは目標をとらえる力」であり、計画して勝つためには情報が必要だということである。2つめは、「情報は現場でしか金に換えられない」「情報は時間の世界で金に変換される」「情報は知識に変換され価値を生み出す」という、情報を金に換える方法についてである。

 3つめは「経営の目指すところは企業価値の持続的な増大である」ということ。つまり、企業の価値を持続的に増大させる経営は、金づくり、ものづくり、人づくりの三位一体である、という3点である。

ITを経営に使い競争優位を確立する

 ITを経営に使う目的は「ITによって競争優位を創る」ことである。企業活動のモデルで言えば、戦略策定から商品企画、調達、製造、販売、サービスまでのコアプロセスにITを活用し、競合他社に対する競争優位を創るのである。

 ビジネスの設計図であるビジネスモデルは、戦略の実装である。また、ほとんどの戦略はITとして実装されない限り動かない。景気などの状況判断と企業価値基準に立って戦略を実装したビジネスモデルを策定し、その結果として商品が市場に出される。事業価値の評価は事業が利潤を生むかどうかであり、利潤を生まなければ戦略を作り直す必要がある。

 ITを経営戦略のオプションにするには、ITのレイヤー、ソリューションのレイヤー、ビジネスのレイヤーと、3層で考えるのがいい。最も重要なのはビジネスレイヤー。戦略をビジネスモデル、ビジネスプロセスとして書き表すことである。それがないままに、ソリューションの議論やITの議論には入れない。

 3つをぐちゃぐちゃに議論するのでなく、まず3つを分けて、第1層のビジネスレイヤーについて議論して方針を定めることがIT戦略に必須である。

主役交代激しいIT産業今はインターメディアリー

 問題は、ITが既に3世代目に入っていることを踏まえず、議論する怖さだ。ITは、IBMが主役だった70年代までのメインフレーム時代、80~90年代のマイクロソフトやコンパックが主役のパソコン時代、2000年以降のグーグルやヤフーが主役のネットワーク時代と、激しく主役が交代している。

 さらにネット企業も、ネットワーク関連技術を提供するインフラストラクチャ、社内システムの構築を企画・運営するアプリケーション、企業・消費者間で情報伝達を仲介するインターメディアリー、ネット上で財の販売を行うeコマースに分類され、今は、インターメディアリーが伸びている。

 インターメディアリーのビジネスモデルは広告収入で、ユーザーは無料である。有料というビジネスモデルは既に古くなった。では、広告収入のビジネスモデル時代がすぐ来るかというと、実は、マーケットはそこまで熟していない。今のネット利用の主力層は10代後半から20代で収入が低いからだ。この市場への参入時期をどう考えるかは経営判断である。

 ネット社会が本当に経済の中心になるのか。これに対しては、ネットは既存メディアを食って広告の6兆円市場がほとんどネットにいくという極端な楽観論から、結局ネットは一部で、新聞やテレビ、雑誌などの既存メディアはビクともしないという意見。その中間で今の20代が消費の主役の時代になるころにはかなりネット化するという、3つの見方がある。

 ただ、伝統的な自動車や電気などの企業に比べ、ネット企業は10倍高い株価をつけており、そこでの広告を仮定すれば、広告もネット化するという話も説明はつく。

ユビキタス技術で情報を金に換える

 今、ITは完全にユビキタス技術。ユビキタス技術を組み込んだビジネスモデルが必要である。中でも約9000万台普及している携帯電話が注目される。「情報は現場でしか金に換えられない」と述べたが、ユビキタスの現場とは何かと言えば携帯電話だ。「携帯という現場」でどう金を取るか。今後のITには必須の視点である。

 また「情報は時間の領域で金に換える」という視点でみると、ユビキタス技術は時間を作った。通勤電車でもメールをしている日本人は、すべての空き時間を携帯で過ごすようになったのである。

 従来のIT投資は、企業活動における生産コスト削減、納期短縮などの企業価値のために行われた。だが、実はそうしたことは消費者にとってはどうでもいいことである。消費者は、自分の欲しいものが、欲しい時に、欲しい値段で手に入れば、それが原価の10倍だろうと買うし、そうでなければ3分の1でも買わない。つまり、ネット時代のITの話は、顧客にとっての価値の話。IT戦略を企業の内部的な価値創造の視点で立案するのではなく、顧客にとって価値があるITシステムを作っていくことが非常に大事である。

 企業活動の中で優位性を作れそうなのは商品企画である。例えばiPodは、機能やコストではなく商品企画で爆発的に売れた。このように、商品企画にITを活用するところに大きなチャンスがあると思うわけだが、実践している企業はまだ少ない。

 ものづくり系で戦略的システムの例はPLMシステムだ。製品開発のコラボレーションをネット上で実行できない限り、値段も下がらないし、市場投入の利ざやも稼げない。

 企業システムでは「システム統合」などあり得ず、コネクターで結ぶようにコネクタブルなシステムを作らなければいけない。経営戦略でアライアンスをしてもシステムがつながらないと、企業統合しても効果が出ない。ものづくりではシステムがネックになる。

図●IT経営学のすすめ
図●IT経営学のすすめ

 IT経営学のすすめだが、経営陣はあまりITを使っておらず、実際は社長の手元に必要なときに必要な情報が入ってこない。昨日、世界中の自分の工場で何をいくつ作ったか。この情報を毎朝持っている社長はほとんどいない。私は「マネジメント・オン・テクノロジー」と言っているが、経営者はテクノロジーが分かったうえで、経営の意思決定をするべきである。

 そのためにIT関係者は経営をサポートしなくてはいけないわけだ。しかし、1万675本の学術論文を分析した経営学の俯瞰マップをみると、世界でもITは、M&Aやマーケティングなどと同様にあまり議論されていない。ITが経営に生かされていないのである。