ケーススタディ1:西武鉄道

 それでは実例を見てみよう。図1は鉄道事業者について,1人当たり売上高と1人当たり営業利益を比較したものだ。

図1●鉄道会社の生産性
図1●鉄道会社の生産性

 まず1人当たり売上高を見てみよう(図1左)。これを見ると,小田急は約4千万円,JR東日本は3千万円だ。これくらいの額になると,自分1人だけで稼ぎ出すのは,ちょっと無理と思えるだろう。すなわち,組織として集団化していることに意味がある状態だ。

 それに対して,西武鉄道は1千万円台だ。1千万台なら,自分1人で稼ぐのもそれほど無理な数字ではない。経済的なことだけでいえば,組織として集団化していることに少々疑問符がつく。

 1人当たり売上高としては,最低でも2千万円は超えたい。優良企業であれば,5千万円を超えることも珍しくない。そういう企業は,集団化することによるシナジー効果を大いに発揮しているといえる。

 次に,1人当たり営業利益を見てみよう(図1右)。小田急とJR東日本は3百万円前後の水準だ。分かりやすくいえば, 1人当たり平均的に3百万円の年収上昇余地があるということだ。それに対して西武鉄道は,百万円しかない。平均とはいえ,あと百万円しか年収が上がらないということだ。

ケーススタディ2:NTTグループ

 今度は,通信事業者の生産性を見てみよう(図2)。ここでは,NTT,KDDI,ソフトバンク,イー・アクセスの4社を連結ベースで比較している。

図2●通信事業者の生産性
図2●通信事業者の生産性

 売上総額で4社の規模を見ると,NTTグループがいかに巨大な企業グループかわかるだろう(図4左)。NTTグループの規模を表現しようとすると,新興企業のイー・アクセスは横軸と一体化して分からなくなってしまうほどの規模しかない。

 この規模の格差をもって,「NTTグループ強し」と思ったら,大間違いだ。1人当たり売上高を見てみよう(図4中)。企業規模ではダントツだったNTTグループは,横軸と一体化していたイー・アクセスにも劣り,ダントツの最下位だ。NTTグループが,いかに生産性が低いかを如実に物語っている。

 この事実を一般化すると,規模が大きいことは必ずしも強みならないということだ。特に,変化が激しく,先行きの不確実性も高い今の時代。舵を切っても,進路が変わっているのかどうかもよく分からない大型豪華客船に乗っているより,少々横揺れはするかもしれないが,舵を切れば,いつでも身軽に進路を変えられる小型高速ボートに乗っていた方が強い。

 有形固定資産当たり売上高も見てみよう(図4右)。これについても,NTTグループはダントツの最下位だ。これは,NTTグループが,いかに多くの売り上げに貢献しない設備を持っているかを表している。たしかに,せっかく全国にISDNの設備を整えたかと思ったら,半ば外圧によりADSLが登場し,そうこうしている間に,今度は光ファイバーだ。これでは,投資を回収し切れていない設備がごろごろしていることは,想像に難くない。

 ただし,歴史的な経緯を考えれば,NTTグループにはかわいそうな面もある。もともと,国策企業であった旧電信電話公社は,ユニバーサル・サービスという名の下,日本全体に電話回線を張り巡らせる使命を負っていた。そのために雇用した大量の従業員と,その結果抱え込んだ大量の設備という面はある。この点は,同じく歴史のある国策通信事業者であるKDD(現KDDI)とも事情が違うのは事実であろう。

 しかし,通信業界は大幅に規制緩和が進み,消費者の選択肢は格段に広がった。今年は,携帯電話の世界で,いよいよナンバー・ポータビリティが始まる。いまだに,「電話を使わせてあげている」という感覚が完全に拭えず,「消費者が当社の手続きに合わせなさい」という対応が少なくないNTTグループであるが,生産性の面ではかなり深刻な状況であることを忘れてはならない。曲がりくねった急流を進んでいくには,超大型豪華客船はあまりにも不相応だ。

生産性は個人の幸せ度指数

 収益性や安全性は企業に焦点を当てているが,生産性はその組織で働く個人に焦点を当てている。会社側から見れば,1人当たりどれだけ会社に貢献しているかという指標だが,働く者にとっては,「その組織に帰属し続ける意義はあるか」「年収の伸びしろはどれくらいか」という,いわば個人の「幸せ度指数」といえる。

 これからの企業は,この個人の幸せ度指数をもっと重視すべきだ。なぜならば,個人が元気でない企業は,企業としてもダメだからだ。これは,多くの会社と接してきた私の経験上も,確信を持って言える。

 今は,働く場の選択肢が格段に増え,雇用の流動性も10年前とは比べ物にならないほど高まった。このような状況では,優秀な人材ほどますます流出する可能性が高い。そうなったら企業の競争力は格段に落ちる。

 そういう意味では,これからの企業は,優秀な人材をどれだけ幸せにできるかを試されているといえる。また,企業に残っている人材についても,活力を持たせなければ,元気のいい小さなベンチャー企業に,いとも簡単に負けるだろう。率直なところ,まともなベンチャー企業であれば,社内の論理や手続き論に明け暮れ,面倒なことはやりたがらない大企業より,はるかに仕事に対して真剣だ。

 会社の財産は人である。言い古されたこの一文を,お題目だけにとどめず,あらためて真剣に考える必要がある。生産性は,それを計る1つの指標となるものだ。

金子 智朗(かねこ ともあき)
 コンサルタント,公認会計士,税理士。東京大学工学部卒業,東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。日本航空株式会社情報システム本部,プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント等を経て独立。現在,経営コンサルティングを中心に,企業研修,講演,執筆も多数実施。特に,元ITエンジニアの経験から,IT関連の案件を得意とする。最近は,内部統制に関する講演やコンサルティングも多い。
著書に,「MBA財務会計」(日経BP社),「役に立って面白い会計講座」(「日経ITプロフェッショナル」(日経BP社)で連載)など。
【ホームページ:http://www.brightwise.jp