岐阜県庁の裏金問題、そして福島県庁がらみの談合問題が連日報道される。その前 には大阪市役所の職員厚遇問題があり、もっとさかのぼれば外務省や財務省の不祥事 に至る。官の不祥事は絶えないが、最近、気になるのが企業の違法・不適切行為であ る。インサイダー取引や粉飾決算などの金融コンプライアンス違反のほか、自動車や ファンヒータの設計ミス、さらに耐震偽装や湯沸かし器の不正改造、あるいは下請け 労働者の権利侵害問題など枚挙に暇がない。

 官の不正はチェックしやすい。何しろローマ帝国以来の「官は腐敗する」という歴 史的経験則がある。それに基づいて情報公開や議会・選挙などの仕組みが一応は整っ ている。ところが企業の行動規制を促す仕組みのほうはどうか。企業は厳しい市場競 争原理にさらされているから大丈夫だといわれてきた。確かに官に比べればそうだし 不祥事も少ない。だが企業が「稼いでいればよい」という時代が終わりつつある。官 民分担して公共を担う時代である。それに合わせた新たな企業統制の仕組みが必要だ ろう。

■企業統制の仕組みの進化--規制、コーポレートガバナンス、そしてCSR/SRI

 民間企業の行動をチェックする手段は既にたくさんある。第1には監督官庁の許認 可や規制だ。最近の不祥事を契機にこれを強化しようという動きもある。だがこれは いただけない。官も信用されていない。行政による規制強化は泥棒に他の泥棒の見張 りを頼むようなもので期待できない。第2にコーポレートガバナンスの仕組みがある。 株主や取締役会によるチェックが総会の中身やディスクロージャーの充実とともに威 力を発揮しつつある。

 さらに第3の手段として注目したいのがCSR(企業の社会的責任、Corporate Social Responsibility)とSRI(社会的責任投資、Socially Responsible Investment)であ る。

 前者は企業に社会責任を想起させ、その達成に向けた行動変革を促す仕組みだ。企 業は従来、製品・サービスを世の中に提供し、利益を生み、雇用を創出し、税金を払 えばよしとされてきた。しかしCSRでは企業の責任はそれにとどまらないとする。環 境配慮や従業員へのケア、さらに地域や社会への貢献活動を促す。一方、SRIはCSRを 達成しようとする会社に優先投資しようという考え方である。SRIはもともとタバコ 会社や軍需産業には投資しないという運動から出発した。それが最近はむしろ社会貢 献に熱心な会社を選び出し、投資面から応援する。たとえば環境保全に長けた会社を 選抜してエコファンドという金融商品をつくるといった具合である。

■選挙と税金へのオルタナティブ--広がる社会変革の手段

 政府をコントロールする手段としては従来から選挙がある。だが一般人が企業の行 動を統制する方法としては従来、訴訟や行政指導、せいぜい製品不買運動しかなかっ た。だがCSRとSRIが一般化すると人々が投資行動を変えることで企業の社会的責任を 追及できる。

 さらに課題によっては政府の予算や法律を変える努力よりも効率的な問題解決がで きるかもしれない。例えば環境規制。議員に陳情して規制強化の法律をつくるよりも 環境にやさしい企業に優先投資するSRI運動の方が手っ取り早いのではないか。。CSR の達成度合いで企業の“SRI市場”における評価は変わる。ひいてはそれが株価や社 債格付けにも影響するだろう。だとしたらもはやSRIは看過できない動きとなる。

 政治の世界はマニフェストで大きく変わりつつある。マニフェストをてこに従来に はない革新的な候補者が立候補する。共感した無党派層が選挙に行き、組織票を凌駕 して当選する。そこから民主主義の再構築が始まる。先般の山形県そして滋賀県の知 事選挙がいい例だ。そして忘れてはならないのがこうしたマニフェスト選挙の根っこ に行政機関が自ら行う行政評価があるということだ。行政評価では行政が自らの仕事 の価値とコストを点検開示する。さもなければ有権者や投資家が信用してくれない時 代になった。

 CSRとSRIは、行政におけるこうした動きと軌を一にする流れである。SRI運動はマ ニフェスト運動に相当し、その根っこにあるCSRは行政評価に匹敵する。官と民の世 界でともに権力統制の手法が進化を遂げつつある。こうしてみると社会変革の手段は かつてない広がりを見せ始めている。昨今、代議制民主主義への失望や衆愚政治への 懸念が高まっている。だが、われわれはこれらの官僚組織や企業の行動を直接、市民 が律する新たな手段にもっと目を向ける必要がある。

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上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。運輸省、マッキンゼー(共同経 営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム代表。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』ほか編著書多数。