オンライン・ゲーム「ラグナロクオンライン」を運営するガンホー・オンライン・エンターテイメントの元従業員が不正アクセス容疑で逮捕されたニュースは記憶に新しい。ゲーム内で流通する仮想通貨「ゼニー」を不正手段で増やしてユーザーに売却し,総額で現金1400万円ほどを手にしていたという事件である。

 不正アクセスそのものはありふれた話だが,注目すべきは,実際の現金を払ってまで仮想通貨などのコンピュータ・データを欲しがるユーザーがこれほどまでにいるという事実である。こうした取引の額面は,件の逮捕された元従業員が関与した取引に限っても1400万円に達する。

 オンライン・ゲームの世界だけで通用する仮想的な通貨や物品を実際の現金で売り買いする行為を,RMT(Real Money Trade)と呼ぶ。リアル・マネー(現金)を用いたトレード(売買)の意味である。その市場規模は,一説には日本国内だけで年間100億円以上,米国や韓国ではそれぞれ年間1000億円以上にもなると言われている。ITproでは,昨今急速に立ち上がりつつあるRMT市場の動向を踏まえ,IT業界に関与するビジネス・パーソンから見たRMTの意義を解説するとともに,取材を通じて見えてきたRMTが抱える光と影を,掲載していく。

お金を稼ぐのがつらいのは仮想世界も同じ

 パソコンの処理性能の向上やネットワーク・インフラの整備といったITシステム基盤の変化にともない,コンピュータ・ゲームの世界に,大きな変革が訪れている。MMORPG(Massively Multiplayer Online Role Playing Game)と呼ぶ,1つの仮想世界に多人数が同時に参加し,それぞれが役割を演じて遊ぶオンライン・ゲームの登場である。

 MMORPGは従来のゲームのように1人や少人数で遊ぶのではなく,見ず知らずの人が大勢いる仮想世界の中で,ゲーム・プレイヤ同士がコミュニケーションしながらゲームを楽しむ。MMOPRGの草分けとも言えるゲームが,1997年に米Electronic Artsがサービスを開始した「Ultima Online」(UO)。現在の日本では,スクウェア・エニックスが運営する「ファイナルファンタジーXI」(FF XI),ガンホー・オンライン・エンターテイメントが運営する「ラグナロクオンライン」(RO),エヌシー・ジャパンが運営する「リネージュII」といったMMORPGが人気を集めており,それぞれの仮想世界には数十万人から百万人規模の登録ユーザーが,インターネットを通じて参加している。

 MMORPGが実現する仮想世界は,経済活動やキャラクタのスキルアップなど,現実世界と似た要素を盛り込んでいる。現実世界において,希少価値を持つ物品や職業,能力,財産などがステータス・シンボルや個性を形成するのと同様に,仮想世界においても他人との差異が個性やブランドを生む(図1)。また,現実世界において大抵の人が仕事(お金を稼ぐ作業)よりも休暇(お金を使う作業)の方が好きなのと同様に,仮想世界の中でも,楽をして通貨を得ようというゲーム・プレイヤは多い。

図1●RMTが需要を持つ背景: 仮想世界で自己実現するにはお金がかかる
図1●RMTが需要を持つ背景: 仮想世界で自己実現するにはお金がかかる
現実の現金を投資してまで仮想世界の通貨を購入する理由は,現実と同じく仮想世界においてもお金が影響を持つからだ。世界を生きていくために,衣服や武器,食料などを買う。仮想世界の中で理想の自己を実現するためには,それなりのお金が必要になる

 現実の世界でお金や贅沢品が欲しいのと同じように,仮想世界の中でもお金や贅沢品が欲しくなる---。ここでもし,現実世界の財産と仮想世界の財産とをトレード(交換)できたらどうなるか。現実で金を持っているが仮想世界では貧乏な人と,仮想世界では財産を持っているが現実世界では貧乏な人がいたら,両者の間で取引が行われるのは自然である。前者が現実の金で,後者のゲーム内での財産を購入する。これがRMTの典型例である。

法人事業者もRMT市場の形成を担う

 現実世界で各種のサービス商品が存在するように,現実世界でRMT市場を形成するプレイヤも多岐に渡る。商売として成り立つ,すなわち需要が見込めるサービスには事業者がいる。現状のRMT市場における典型的なプレイヤは以下の4つに分かれる(図2)。

  1. ゲーム・プレイヤから仮想通貨を現金で買い取り,利益を上乗せした価格で他のゲーム・プレイヤに売るRMT事業者
  2. RMT事業者のバナー広告を掲載し,ゲーム・プレイヤ同士の売買行為の場を提供するWebメディア
  3. RMT事業者や他人に対して要らなくなった仮想通貨を売るゲーム・プレイヤ
  4. RMT事業者や他人から仮想通貨を購入するゲーム・プレイヤ
図2●RMTのプレイヤ群像: 法人事業者も市場形成を担う
図2●RMTのプレイヤ群像: 法人事業者も市場形成を担う
典型的なRMTプレイヤは4つに分かれる。(1)仮想通貨を安く買い取って高く売るRMT事業者,(2)RMT事業者の広告を掲載し,プレイヤ間でRMT情報を交換する場を提供するRMT情報サイト,(3)仮想通貨を売って現金に換えるプレイヤ,(4)仮想通貨を現金で購入するプレイヤ---,である

 忘れてならないのは,(3)の「仮想通貨を売るゲーム・プレイヤ」の中でも,仮想通貨を生産して,RMT事業者を通じて現金と交換することを生業とする「通貨生産業者」の存在である。主に,労働単価の安い発展途上国のゲーム・プレイヤが,仮想通貨の生産に従事している。現実世界における国家間の経済格差は,仮想世界においては意味をなさない。発展途上国のゲーム・プレイヤは,仮想通貨を獲得することで,現実世界で働くよりも高額の所得を得られるのである。オンライン・ゲームによっては,サービス規約で国外からのアクセスを禁じる例もあるが,先進国の現金が発展途上国に流れる様は,IT業界におけるオフショア開発と同じ構造と言える。

 RMTで現金と交換される仮想世界の財産は,仮想通貨だけではない。キャラクタ・データや仮想通貨と引き換えに得たアイテム,あるいは仮想通貨とは交換できないアイテムなど,仮想世界を構成する各種の財産がRMTの対象となる。本来のゲーム・プレイヤに成り代わってゲームに参加し,キャラクタの育成を代行するサービスもRMTで販売されている。仮想通貨と交換される現実世界の財産も,現金以外に電子マネーなどが使われる場合もある。