引越サービス大手のアートコーポレーションは,2005年12月に社内ネットワークを刷新した。ほぼ全拠点に光アクセスを敷設し,エントリーVPN(仮想閉域網)で拠点間を接続。主要拠点には自営のIP内線電話と,会長の肝いりであるIPテレビ会議システムを導入した。

 「テレビ会議を導入して,現場とコミュニケーションを取る機会を増やしたい」。

 寺田寿男会長たっての要望を取り込みながら,アートコーポレーションが社内ネットワークを再構築したのは2005年12月。利用するアプリケーションに応じて3種類のエントリーVPN*やIP-VPN,インターネットVPNなどを使い分けている。テレビ会議のほか,主要拠点にはIP電話による内線網も構築。インテグレーションはNTT西日本が担当した。

VoFRと決別し光・IP電話を目指す


図1 アートコーポレーションの音声・データ用ネットワークの変遷
VoFRを利用していた内線電話網をIP電話で再構築。全拠点に光アクセスも導入した。
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 ネットワークを再構築したそもそものきっかけは,主要拠点の内線電話網の見直しである(図1)。

 同社は1996年末にフレーム・リレー*で内線電話網とデータ・ネットワークを構築。以来,内線網は旧・米マイコムのFRAD*「Marathon」を利用したVoFR*で運用し続けてきた。2002年にADSL(asymmetric digital subscriber line)を足回りにしたインターネットVPNで情報系ネットワークを再構築した際も,内線電話網には手を付けなかった。

 検討を開始した当初は,FTTH(fiber to the home)を足回りに使う光・IP電話サービスに期待していた。頃合い良く,NTT東西地域会社の光・IP電話サービス「ひかり電話ビジネスタイプ」がイーサネット専用線だけでなく,FTTHでも利用できるようになったためだ。ひかり電話は基本料が1チャネル当たり月額840円と,加入電話の同2625円*に比べて格安。「回線費用を上昇させずにIP電話に移行できると考えた」(広瀬雄司・管理部情報システム課長,写真1)。

着信者課金に悩み自営IP網を選択


写真1 アートコーポレーションの広瀬雄司・管理部情報システム課長
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 ところが各拠点の電話の利用状況を調べたところ,導入が難しいことが判明した。検討時点では,NTTコミュニケーションズ(NTTコム)の着信者課金サービス「フリーダイヤル」の呼を,ひかり電話ビジネスタイプの回線に着信させることができなかった*ためである。

 各拠点では顧客からの問い合わせ対応窓口として,あるいはアルバイトのスタッフの連絡用にフリーダイヤルを使っていた。フリーダイヤル用に回線を残したままひかり電話を導入すると,かえってコストが上昇してしまう。

 やむを得ず,ひかり電話をいったん見送り,代替案としてVoIP(voice over IP)ゲートウエイを使った自営IP内線電話網を選んだ。IP電話のトラフィックを中継するネットワークには,NTTコムのエントリーVPN「Group-VPN」を採用した。

基幹系はIP-VPN,情報系はフレッツ


図2 アートコーポレーションが2005年12月に稼働させたネットワーク
基幹系にIP-VPNやメガデータネッツ,情報系にNTT東西地域会社のエントリーVPN,IP内線電話網にNTTコミュニケーションズのエントリーVPNを利用する。情報系データの東西間の通信はインターネットVPNで実現。
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 内線とともに,データ・ネットワークも刷新(図2)。基幹系ネットワークは,フレーム・リレーからNTTコムのIP-VPN「Arcstar IP-VPN」に切り替えた。各拠点のアクセス回線は,主にエコノミー専用線「ディジタルアクセス64」,「同128」を採用。ただし,本社とデータ・センター間は「メガデータネッツ*」を使って直接結んでいる。また,末端の小規模拠点はコストを抑えるために,割り切って情報系ネットワークに相乗りさせることにした。

 一方,テレビ会議を含む情報系ネットワークには,ほぼ全拠点にFTTHを採用した。これを足回りに,東日本地域はNTT東日本のエントリーVPN「フレッツ・グループアクセス」,西日本地域はNTT西日本の「フレッツ・グループ」で接続。フレッツ・グループアクセスとフレッツ・グループは料金が格安なため,「ADSLをFTTHに切り替えても通信料金の上昇を抑えられた」(広瀬課長)。東日本地域と西日本地域の接続には,インターネットVPNを使い続けることにした。

IPsecトンネルを効果的に活用

 フレッツ・グループアクセスとフレッツ・グループには,利用形態に応じて2種類のメニューがある。アートコーポレーションはこのうち,料金が安い端末払い出し型のメニューを選んだ。東日本は「ライト」,西日本は「ベーシック」が該当する。

 端末払い出し型のメニューは網側でIPアドレスを払い出す仕組みのため,自由にアドレスが決められないという制約がある。そこで,各拠点のVPNルーターで拠点間にIPsec*トンネルを設定。網側が割り当てるIPアドレスに依存せず,拠点内の複数端末が通信できるようにした。各拠点のVPNルーターは,原則としてインターネットVPNの採用時に導入したものを流用している。

 構築にかかった費用はネットワーク周りで約7000万円。一方,通信回線にかかる費用は月額約130万円を削減した。「5年契約でリースした機器の費用と合わせると,従来のネットワークとほぼトントン」(広瀬課長)という計算だ。

LANが原因でIPテレビ会議がちらつく


図3 ビデオ会議を利用するためにLANも一部見直し
本社では1階と2階を結ぶLANスイッチを高速なものに切り替えたり,スイッチの接続段数を減らしたりした。WAN回線も追加した。
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写真2 本社に設置するWAN回線接続用のルーター
ヤマハ「RTX1500」をテレビ会議用に,その他のデータ通信に米ジュニパーネットワークス「Netscreen」シリーズを使っている。
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 稼働した新ネットワークに対する満足度は高い。構築の主目的である内線電話網は音声品質が格段に向上した。8kビット/秒に圧縮した従来の音声データが,一般の加入電話と同じ64kビット/秒に変わったからだ。データ・ネットワークも安定性が増し,ADSL利用時のような拠点ごとの速度のばらつきもなくなった。

 ただ,構築の過程ではIPテレビ会議の導入に手こずった。テストしてみたところ,画面がちらついたり停止したりしたのだ。

 調査したところ,意外にもトラブルの根本原因はLAN。例えば本社ビルでは,フロアの1階と2階を接続するLANスイッチが低速でボトルネックになっていた。「業務アプリケーションを利用していてもボトルネックには全く気付かなかった。高いリアルタイム性を要求するうえ,問題がはっきりと目に見えるテレビ会議の難しさを実感した」(広瀬課長)。

 対策として,1階のLANスイッチをギガビット対応のものに切り替えた(図3)。このほか,(1)端末までのLANスイッチの接続段数を減らす,(2)一部のLANケーブルを高速対応のものに張り替える──などの対策を実施した。同時にWANも増強。本社とデータ・センター,東京オフィスにはIPテレビ会議専用のFTTH回線を追加し,併せてヤマハのVPNルーター「RTX1500」を導入した(写真2)。

 一連の対策を施してからは,テレビ会議も問題なく利用できるようになった。2006年1月と2月には,導入を希望した寺田会長自ら,年始のあいさつや各地域の責任者との打ち合わせにテレビ会議を積極的に活用し始め,十分な効果が得られたという。「2~3月に次ぐ繁忙期である8月中か9月にも,また会長からテレビ会議の号令がかかりそうだ」(広瀬課長)。

小規模拠点の障害対策などを検討中


図4 今後のデータ・ネットワークの検討課題
(1)小規模拠点の中継網の2重化と,(2)期間限定で設置する拠点用にSSL-VPN装置を設置することを検討している。
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 今後は,データ用ネットワークに二つの機能強化を検討している(図4)。

 一つは,末端の小規模拠点のネットワークの障害対策である。3月と4月にNTT西日本のフレッツ・グループ網で立て続けに障害が発生し,小規模拠点で基幹系データの通信ができなくなってしまったからだ。所属地域の主要拠点に電話をかけ,必要なデータを打ち出してファクシミリで伝送してもらうなどの対処で乗り切ったという。

 そこで中継網のバックアップに他事業者の網を使うインターネットVPNを用意する構成を検討している。ただ,広瀬課長は「2回の障害を除けば非常に安定して稼働している」とも評価している。コストを増やしてまでバックアップを用意すべきかどうか,慎重に見極める方針だ。

 もう一つ検討しているのは,SSL-VPN*装置を導入すること。同社は2~3月などの繁忙期に限り,期間を限定して拠点を設置する。これら期間限定の拠点に,わざわざIPsecルーターを用意して運用するのは負担が大きいと感じている。「ブロードバンド回線と一般的なルーターを導入するだけで社内ネットワークにつなげられれば理想的」(広瀬課長)。

 Webブラウザだけで社内ネットワークに安全にアクセスできるSSL-VPNがあれば,こうした問題を解決できると考えている。