次世代ネットワーク(NGN)で使われるIP技術は,もともとインターネットの世界で発展してきたもの。「IPレイヤーより上位は自由なインターネット」と「IPレイヤー以上も規定するNGN」,この両者の関係がどうなっていくのか――,いまだNTTのNGNの実体が見えにくいため,プロバイダ関係者を中心に警戒感が強い。中でも,国内プロバイダの草分けであるインターネットイニシアティブ(IIJ)の鈴木幸一社長は,NTTのNGN構築計画に厳しい意見を放つ。世界初の試みであり,通信市場への影響も大きいNTTのNGN。構築に当たっては,現時点におけるこうした意見や苦言も無視することはできないのではないだろうか。IIJの鈴木社長に真意を直撃した。

――NTTのNGNに対して,厳しい意見を持っているようだが,その意図は。

写真:新関雅士

 NGNについては世界的にもまだ標準化中で研究段階のはず。メタルから光へ,交換機からルーターへ,というインフラとしての移行は必要だと思う。別にNGN自体に反対しているわけではない。

 しかしインターネットやIPの世界は,電話と全く違う技術基盤を持っていて,電話技術者ではない人たちが築いてきたということを理解しておくべきだ。ベストエフォートなネットワークである半面,IP以上のレイヤーは自由に使える。IP技術を使ったインターネットは自由だからこそ,ここまでサービスが増えてユーザーも増えた。

 だがNTTのNGNではIPの上まで規定してしまってSIP(session initiation protocol)しか使えない。IPより上位のレイヤーを,電話の発想で規定しすぎだと思う。それを「NTTが決めたから,この仕様をみんなで使ってくれ」というのは交換機時代の発想ではないか。IPの世界の延長にはない発想。オープンなIPの自由さを制限して,閉域のIP網でNTTが垂直的なビジネスを展開するのは,やりすぎだと思う。

 NTTのNGNで透けて見えるのは,クローズドな網の中でNTTが管理や制御をすべてやりたいという意図。そういうことはNTTしか出来ないと自分たちで思っているのではないか。NTTのように上のレイヤーまで規定してしまうNGNは,世界でもあまり例がない。

――IIJは日本でネット技術をけん引してきた自負があると思う。だからこそ,NTTがIP技術を使ってNGNを進めることへの警戒は,感情的なものも入っているのではないか。

 感情的な反発ではない。私が警戒しているのは,電話モデルでやってきたように,NTTが下のレイヤーから上まで決めてしまうやり方だ。

 NTTのNGN構築はインフラ移行の問題にもかかわらず,いつのまにかIP技術自体の発展を阻害するような側面をはらんできたことにも警鐘を鳴らしている。電話と同じようにSIPですべて管理しようという発想が見えるので,もっとIPの可能性を大事にするべきだ。まずは電話網をどこまでIP化するべきか,どのレイヤーまで規定するか,NGNを実用化すべき部分と研究開発にとどめる部分を現時点でどう判断するか,など議論をすべきだったと思う。

 今のインターネットやIP技術は,曲折を経て,可能性やコンセンサスの議論によってここまで切り開かれてきた。NTTがインターネットを作ったわけではないし,IP技術の発展に貢献してきたわけでもない。いきなりNTTだけが世界に先駆けてNGNに突っ走ると危険だ。NGN構想をぶち上げて,急いで進めようとしているNTTの上層部は,そもそもIP技術そのものを理解できていないと思う。

――NGNは日本だけでなく世界中の通信事業者が将来的に目指す潮流だと思う。方向性は間違っていないのでは。

写真:新関雅士

 交換機からルーターへの移行は世界的なものだが,NTTだけがアプリケーション・レイヤーまで規定しすぎている印象がある。現時点の仕様書を見る限りでは,NTTのNGNは電話網の発想で作っている。

 NTTが現時点でNGN構想を発表して,それに向かって研究開発に励むというなら分かる。それを無理やり急いで,世界へ先駆けて実現してしまうリスクは,上のレイヤーを規定すればするほど高くなる。というのは,上位レイヤーになるほどネット技術は日進月歩で,今後どんなサービスや技術が出てくるか分からないから。あまり現時点で決めすぎると取り返しのつかない設計になってしまう危険もある。

――IIJにはNTTグループの資本も入っている。NGNの設計や構築に関して,NTTからIIJに協力するように要請されたことはないのか。

 非公式にいろいろな人とは話はしているが,公式に「IIJから技術陣を派遣してほしい」,「IP技術について助言してほしい」などの依頼があったかどうかはノーコメントだ。

――通信機器メーカーやソフトウエア・ベンダーなど,NGNに期待する事業者も多い。

 通信機器メーカーにとっては巨額の投資が落ちてくるわけだから当然だ。日本の通信機器メーカーは,IPの世界では米シスコシステムズに完敗してるから,NGNでなんとか巻き返してやろうという意識ではないか。

 しかしNGNで日本の通信機器メーカーが先行したとしても,まだNGNの国際標準は固まってないわけだから,世界的に高いシェアの獲得につながるかは不透明ではないか。こういう状況だからこそ,まだ実験や研究開発レベルにとどめておく部分も残しておいたほうがいいと思うわけだ。

――NGNとインターネットやプロバイダが共存し,互いに発展していくことも考えられるのではないか。

 それはまだ分からない。そこまで通信事業者が考えているのかどうかさえ不明だ。

 まだNGNの実体がつかめないから,あれこれ意見を言うとチャンスを逃して損だと思って,みんな黙っているのだろうか。なぜIP技術の発展を阻害されるかもしれない危機に,黙っている人が多いのか分からない。