本連載の筆者の1人である平鍋が,日ごろから「どれか1つ実践するプラクティスを選べと言われたら,迷わずこれを選びます」と言っているものがある。それが今回取り上げる「ふりかえり」である。

 「ふりかえり」の文字通りの意味は,後ろ(過去)を見る/検討する行為だ。プラクティスとして見ると様々な手法があるが,まとめてしまうと「過去を振り返り,未来へつなげる」と言えるだろう。筆者の好みである「KPT(Keep,Problem,Try)」と呼ぶ手法では,以下のようなプロセスを経てふりかえり,行動する。

(1)行動する
(2)行動の結果や状況を思い出す
(3)集めた結果や状況に対して評価をする(Keep, Problem)
(4)評価が良いもの(Keep)は今後も続け,できれば名前をつける
(5)評価が悪いもの(Problem)は対応策(Try)を考える
(6)対応策を行動に移す(1へ戻る)

 このプロセスは,よく見ると一般的な学習のプロセスそのものに似ている。何かの行動をして,うまくいけば,また同じことをするし,うまくいかなければ,次の機会には別の方法で試してみて・・・と繰り返しているはずだ。人間は本来,無意識にこのようなプロセスを経て経験を積み,学習していく。

 ふりかえりはこの学習プロセスを明示的に,そして1人ではなくチーム全員で行うという点が重要だ。一つひとつの気づきは,各人にとってはささいなことかもしれない。しかしチームとして気づきを共有することで,1人で行うのよりも大きな気づきを得られることがある。

 また,ここで言う「共有」は,「共に有する」というだけでない。その場のコンテキストをも含めた,場のエネルギーを「体感」して共有することが重要だ。その場そのときで生まれたアハ感(分かった!と気づいたときの感覚)が,次の行動への推進力になるからだ。そのため,ふりかえりの結果だけをテキストにして,メールで回覧するだけでは全く不十分である。そのテキストの文面にはその場のコンテキストが含まれておらず,アハ感も伝わらないからだ。


図1 ふりかえりの例
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 ふりかえりは単なる反省会ではないという点も重要だ。ふりかえりでは「反省点」(=悪かった点)だけでなく,今後も続けたい「良かった点」も共有する。良かった点などを共有しても,何のプラスにもならないという考えもあるかもしれない。しかし「過去の出来事と行動すべてをふりかえる」ことで,客観的にチームのたどってきた道が見えてくる。また,良かった点に名前を付ければ定着にもつながる。

 ふりかえりには,いくつかのグラウンド・ルールがある。最も重要なルールは「個人攻撃をしない」ことだ。「問題対私たち」の構図を作り上げることが大切である。つまりチーム内で発生した問題はチーム全体の問題であり,チームとして問題に立ち向かう必要があるとするのだ。

 個人を非難する場としてしまうと,メンバーは非難を恐れて口を閉してしまうだろう。こうなると本当の意味でのふりかえりを行うことができず,形骸化してしまう。チームのメンバーが,正直に問題を口に出し,チーム内で真剣に受け止めるような場を作り上げていかなければならない。

 ふりかえりを繰り返すことは,PDCA(Plan,Do,Check,Act)サイクルを回して,チームやプロセスをカイゼンし続けていくということだ。しかし筆者はあえて“カイゼン”という言葉ではなく,“成長”という言葉を使いたい。ふりかえりを繰り返すことで「チームが成長していく」というわけだ。チームという複数の人間から成る有機的な集合体が少しずつ改善された結果は,単に「カイゼンされた」だけではなく,チーム・メンバー全員の経験として血肉となる。成長という言葉を使うのは,この点を強調したいからだ。

 ふりかえりを経てチームが成長していった結果,既成のプロセスや開発スタイルは,チーム独自の色を持つようになる。チーム独自の「文化」を作り上げていくと言ってもよい。すなわち,自分たちのプロセスや開発スタイルを生み出していくことになるのだ。

 ふりかえりには様々なやり方があるが,その目的は1つだ。つまり「過去を振り返り,未来へつなげる」ことである。逆に言うと,ふりかえりを行わないチームはなかなか成長しない。筆者にとって,ふりかえりを行わないプロジェクト,チームは考えられないほどである。

 そしてふりかえりは,短いサイクルで実施することが重要だ。なぜなら,短いサイクルで実施しないと前にやっていたことを思い出すのに時間がかかったり,忘れてしまったりするからだ。できるだけ生の感覚を思い出せるうちにふりかえりをしたほうがよい。

 プロジェクトにどっぷりつかっていると,やるべきことはいくらでもある。ともすると,日々の忙しさに追われて過去をふりかえる余裕すらないと思うかもしれない。しかし,いったん立ち止まって過去をふりかえりながら進まなければ,前を進むためにこぼれ落ちてしまう問題をフォローアップしたり,気づき,改善したりする機会を失ってしまう。たった数十分立ち止まるだけでよい。チームを成長させるふりかえりをぜひ実践していただきたい。

 ちなみに,ふりかえりの具体的な進め方については,オブジェクト倶楽部の「プロジェクトファシリテーション 実践編 ふりかえりガイド」に詳しい説明がある。ぜひ参考にしてほしい。

 次回はTRICHORDチームのふりかえりを題材にその実践について解説する。

懸田 剛

チェンジビジョンでプロジェクトの見える化ツール「TRICHORD(トライコード)」の開発を担当。最近,ハックという言葉よりも“工夫”という素晴らしい日本語があることを再認識した。工夫の積み重ねが“功夫”になる。個人サイトはhttp://giantech.jp/blog