人前で話すのは苦手と思っているITエンジニアが,プレゼンテーションの場で緊張して失敗するケースは少なくない。苦手意識を追い払い,説得力のあるプレゼンテーションを行うための基本と心構えを解説する。

久井 信也(ひさい しんや)
ソリューションサービス研究所 代表取締役

 顧客が発注先を選定するときに行うプレゼンテーションでは,ベンダーの担当者はひとしお気合が入る。受注獲得に向け,提案書の意味をうまく伝え,顧客の行動の変容と意思決定を促そうとする。

 顧客を頷かせるような提案書を作ったうえで,優れたプレゼンテーション能力を発揮したときにベンダーの提案は成功する。提案書作りの手法とツールについては前回示したので,今回は訴求力のあるプレゼンテーションを行うためのポイントについて解説する。

 プレゼンテーションでは,単に説明が流暢なだけでなく,説得力が求められることは言うまでもない。説得力を高めるには,まずプレゼンテーションの基本を学んでおく必要がある。例えば,手順やストーリーの構成の仕方をつかんでおかねばならない。それを押さえたうえで,あせらずに堂々と言うべきことを伝えるプレゼンテーション手法を身に付けるべきだ。

8段階の基本ステップを習得

 プレゼンテーションは,表1のような基本ステップから成る。

表1●プレゼンテーションの基本ステップ
表1●プレゼンテーションの基本ステップ

 ステップ1は「あいさつ」である。いきなり提案書を説明するのではなく,簡単な自己紹介からスタートしなければならない。大きな商談では,ベンダーの幹部があいさつすることもある。この際,幹部のあいさつが長くならないように,事前に打ち合わせをしておくべきだ。

 上司なり幹部があいさつした場合には,プレゼンテータは自分の名前だけを自己紹介する。例えば「では,私○○がご説明させていただきます」というようにプレゼンテーションの開始を宣言する。

 ここで重要なのは,質問の受け方について説明しておくことである。自信のある場合は「途中でご質問がございましたらその都度お受けしますので,よろしくお願いします」と言う。プレゼンテータの自信のほどが相手にも伝わる。一方,複雑な質問が予測されるような場合は,「ご質問はプレゼンテーションの後にお受けしますので,よろしくお願いします」と言った方がよい。

 ステップ2では,提案の「目的と結論」を明確に伝える。当たり前のようだが,エンジニアのなかにはこのステップを飛ばす人がいるので,気を付けてほしい。いきなり提案の詳細内容を長々と説明するのでは,聞き手は焦点が絞れない。聞き手に対して,最初に何のためのプレゼンテーションかを明確にしておかねばならない。例えば,「今回のご提案では○○と○○についてご承認いただきたいと考えておりますので,よろしくお願いします。では次のステップに進めさせていただきます」と最初に言うとメリハリが出てくる。

 ステップ3の「提案の背景」では,顧客から要求のあった事項,および関連情報を分析したプロセスと結果を説明する。ここでの注意点はまず,顧客にヒアリングとインタビューをした情報を明確にし,協力に対して感謝の意を述べることだ。次に,ベンダー側が主観的な情報を挟まずに分析しており,問題と課題の認識に客観性があることを強調しておくことが大切である。

 ステップ4の「提案の内容」では,いよいよ具体的な解決策を顧客に示す。顧客は,自分のニーズが実現できるか,それにふさわしい案なのかに関心を持つので,もちろん提案内容もその顧客の要求に応えるものでなければならない。また基本的には,複数の解決策を顧客に提示すべきことに注意してほしい。

 前回も説明したが,決定の際に自由裁量の余地を残せば,顧客は満足感を高められる。顧客とベンダーで価値観はたいてい異なっているので,ベンダーの価値観も提案に反映させながら,顧客のニーズに沿った複数の案を選択肢として提示したい。選択肢の検討に関しては通常,プレゼンテーション後のディスカッションの場で行いたい,とリードすることも大切である。

 ステップ5の「効果とリスク」では,定量的な効果はできるだけ分かりやすく具体的な数値で説明する。前提条件や制約条件によって変動するような場合は,その条件を明示しておくことも重要である。また,それらの条件が変動することで生じるリスクの有無についても,ここで説明しておくべきだ。

 ステップ6の「結論の再確認」では,ステップ2で述べたプレゼンテーションの目的,すなわち意思決定者の承認・合意を促す。ステップ3~5で内容を詳しく説明したことにより,論点が細部に入り込んで,目的がぼやけがちになる。これを避けるために承認事項・合意事項を改めて述べて再確認することは重要である。ただし,ここで結論を顧客に迫ってはならない。あくまでも聞き手に提案の目的を明確化してもらうことがポイントである。

 ステップ7で提示する「納期とスケジュール」では,前提条件に基づくものであることを強調する必要がある。顧客側の意思決定者が決断する時期によっては,前提条件/制約条件が変動する可能性があること,それに伴って納期の変動もあり得ることを確認しておかねばならない。また,今後のプロジェクト推進のあり方で顧客側に依頼しておくべきことも,明確にしておくべきだ。

 ステップ8の「エンディング」では,プレゼンテーションの終了を宣言し,顧客側参加者に時間を割いて参加してもらったことに感謝の意を表明する。また,今回の提案で示した解決策を実現する意欲と自信を表明するために,「ぜひ御社の問題解決,課題解決のお役に立ちたいと考えております。どうぞご用命いただきますようお願い申し上げます」と述べたい。さらに,「では,提案内容に対するご質問への回答とディスカッションに進めさせていただきますが,よろしいでしょうか」とディスカッションへリードする。

 以上,プレゼンテーションを実施する8つの基本ステップと注意点を解説した。実際には状況によってやり方は異なってくる。プレゼンテーションを聞く対象者は,さまざまな価値観やコミュニケーションのスタイルを持っている。その場に合わせて工夫し,魅力的な提案ができるようになってほしい。