今回は,ユーザー企業が納得する提案書の作り方を解説する。ITエンジニアが起こしがちな失敗事例を具体的に挙げつつ,顧客を論理的に最適解に導くデシジョン・テーブルの作成方法を伝授する。

久井 信也(ひさい しんや)
ソリューションサービス研究所 代表取締役

 提案書はITベンダーのビジネスの中で大きな意味を持つ。顧客が抱える問題や課題を事前に収集・分析し,自社の提供する商品・サービスに適合するかどうかをビジネスと技術の両面から検討,解決策を導き出す――これがITベンダー側の視座から見た提案活動の基本である。提案書は解決策を集大成したものであり,その内容は顧客の期待と興味を喚起するものでなければならない。

 そうでなければ顧客の意思決定,つまり受注には結びつかない。これは顧客がITベンダーに提案を要請した場合でも,ITベンダーが積極的にアプローチして提案した場合でも同じである。

 せっかく苦労して提案書を作っても,受注に結びつかなくては報われない。訴求力と魅力のある提案書を作るスキルを,営業担当者だけでなくITエンジニアも身に付けておくべきだ。今回はその方法について解説する。

一歩踏み込んだ提案書を作る

 顧客が何らかの問題や課題を抱えているとき,自らの力ではその解決策を生み出せない,あるいは実現できないと判断したら,顧客は専門家であるITベンダーに提案を求める。当然,ITベンダーにはその専門性を期待している。従ってITベンダー側としては,その顧客の問題,課題をよく見据えたうえで専門的な立場から最適な解決策を提案しなければならない。

 ここで,専門的な立場というのを取り違えてはならない。例えば,難しい技術用語や専門用語を羅列するのは避けるべきだ。もちろん,専門的な言葉を使用しなければならない場合もあるが,そのときは詳しい注釈を付けるとか,平易で本質的な言葉を補って説明することが不可欠である。

 なによりも顧客にとっては,システム導入によってビジネスの目的,目標を達成することが重要だ。顧客はそれを達成できると判断した場合に提案を承認するはずである。ITベンダーは専門性を,目的達成のために発揮すべきである。つまり顧客から「さすが」と言われるような提案書を出すべきだ。そのためには,顧客の要求に応えるだけではなく,もう一歩踏み込んだ専門家としての見識を持った提案が重要である。

 では,「さすが」と言われるような提案書は,どうすれば作ることができるだろうか。まずは次の失敗事例を読んで,何がいけなかったかを考えてほしい。問題点を分析したあとに魅力ある提案書の作り方を解説する。

技術出身でコツつかめず失注

 システム・インテグレータS社の営業技術部に所属する中堅SEのJ氏は,この半年ほど顧客のK社に通いつめ,システム提案をするところまでこぎつけた。K社は大規模ビルディングの空調設備機器メーカーで,病院やホテル,研修施設などの空調設備を製造している。

 K社は同業他社と激しく競争しており,商品の製造コストを抑えることに腐心していた。IT化の目的も,既存の生産管理システムの見直しによる在庫費用の削減である。さっそく提案書作りにとりかかったJ氏は,空調設備機器の案件を手掛けたことがあり,システム導入窓口担当者の考えていることも理解していたので,そんなに苦労することなく提案書を作成。プレゼンテーションも順調に終えることができた。

 しかし,K社はこの案件の発注先を,S社の同業他社のインテグレータT社に決定した。S社とT社は企業力に違いはない。J氏はK社の導入担当者にそれとなく「なにが不足していたのでしょうか。コストでしょうか」と尋ねてみた。導入担当者は「いえ,コスト面ではほとんど差がありませんでした。S社さんの提案も良かったがT社さんに比べるとなんとなくではあるが,魅力が足りない,というのが社内の評価でした。また,色々な案を吟味して決めようとしましたが,その点でも複数の案を出してきたT社さんの提案が優れていました」と述べた。

 このようなことは営業の世界では日常茶飯事だが,技術者として育ち営業技術部に来たばかりで張り切っていたJ氏には大きなショックだった。J氏は,導入窓口担当者の言葉を何度も反芻したが,今も「提案としての魅力が足りない」という意味を理解できないでいた。

 J氏が失敗した案件の問題点は,次の(1)~(6)のように整理できる。

(1)顧客K社の導入担当者とは何でも言える関係ができているとJ氏は思っていたが,本当のニーズが何かを聞き出せていなかった。

(2)導入担当者以外の人との関係構築が不足していた。

(3)K社でどの人が意思決定に関係し責任を持っているか,十分に把握していなかった。

(4)競合の他社のことを真剣に考えず,勝てるだろうという根拠のない自信を持っていた。

(5)顧客の要求をうのみにしてしまった。このため,顧客のK社は物足りないと感じていた。

(6)自分では最適な解決策を絞り込んで提案したつもりだったが,K社には選択肢がなく不安が残った。

 こういった失敗は,実は営業の現場でかなりの頻度で見かける。以下で,(1)~(6)を3つの原因に分類し,それぞれの対応策を追究してみよう。