交渉や説得などは不得意と思っているITエンジニアはかなり多い。しかし,恐れることはない。基本を押さえておけば,顧客が納得してくれるようになる。失敗事例も交えて,提案成功のポイントを伝える。

久井 信也(ひさい しんや)
ソリューションサービス研究所 代表取締役

 前回は,提案活動の重要なスキルとして,ヒアリング・スキルとディスカッション・スキルについて解説した。今回は,続いてネゴシエーション・スキル,ドキュメンテーション・スキル,プレゼンテーション・スキルについて解説する。また,提案活動における失敗事例を挙げ,うまくいかなかった要因を分析する。

ネゴシエーションは事前分析を

 提案の内容を詰めるには,顧客や協力会社など,提案に直接関わる利害関係者との調整が欠かせない。関係者の利害が一致すれば問題はないが,たいていはどこかで食い違いが出るものである。そうなると,お互いに条件を提示してせめぎ合うことになる。このような場面で必要なのが,双方が満足しうる条件で折り合えるように交渉するネゴシエーション・スキルである。

 ネゴシエーションというと,複雑な外交問題を扱う専門家が行うものと思っている人が時々いるが,そうではない。日常の仕事の場で,互いの意見・目的の相違を調整する交渉も,ネゴシエーションである。提案活動の初期段階ではお互いの利害が明らかでないために,ネゴシエーションをすることは少ないが,利害の対立点が明確になるにつれて出番が増えてくる。

 ネゴシエーション・スキルで特に重要なのは,事前の分析などの準備・計画である(表1)。相手の立場,状況を見ながら戦略的に臨めば,交渉を有利に進められるからだ。しかし交渉を圧倒的に有利に進めたとしても,相手が納得しなければしこりが残り,最終的に信頼関係を壊しかねない。これでは,長い目で見たときに交渉が成功したとはいえない。そうならないためのネゴシエーションの心得を表1にまとめた。交渉相手の立場に立って考えることがポイントになる。

表1●ネゴシエーションの心得
表1●ネゴシエーションの心得

計画が大切なドキュメント

 次に,提案活動で必要なドキュメンテーション・スキルについて解説する。ドキュメンテーションとは文書化のことであり,提案書の作成もその1つである。様々な文書の中でも提案書は,付加価値の高いドキュメントである。多面的に検討して考え抜いた知の結晶といえるものを表現し,可視化しているからである。提案では言葉も大切であるが,提案者の意思を正式に文書化することが極めて大切である。

 ドキュメンテーションでは「正確に意味が伝わること」のほかに,「理解しやすい」,「訴求力がある」,といったことが重要である。そのために知っておくと役に立つスキルの基本がある(表2)。

表2●ドキュメンテーションの心得
表2●ドキュメンテーションの心得

 ここでは,提案書作りで最も重要な2つのポイントを述べる。第1のポイントは,提案の対象や目的,意味などを外してはならないということだ。そのためには,事前に「何を何のために,どのように」といった5W1Hを整理しておくとよい。第2のポイントは,提案全体の流れを作るストーリーを組み立て,それぞれの中で場面を想定してシナリオを描くことである。ストーリーをオーソドックスにするか意表をつくものにするか,それはケース・バイ・ケースであるが,いずれにしても相手に合わせて考えることが基本である。提案に盛り込む仮説や分析データも,このストーリーやシナリオに沿って準備することになる。

 提案では,提案書作りのところの工数がもっとも大きい。これはソフトウエアの開発と類似しているところがある。ソフトウエアを開発する場合でも,要求仕様書を確定させたあとに設計,開発に入る。仕様が決まっていないのに,先行して設計・開発すると,結局は手直しや手戻りという無駄が発生する。提案も5W1Hが明確でない場合は,必要とする情報の再チェックや,データの見直しなどが発生する。要するに表面的なドキュメントの作り方の技術よりも,提案書作りの前の準備段階をおろそかにしないことが重要である。

プレゼンは説得という気持ちで

 提案の最終フェーズで発揮するのがプレゼンテーション・スキルである(表3)。提案すべき事柄をまとめ,顧客を“説得”する。ここで説明ではなく,より一歩踏み込んで説得としたのは意味がある。技術系のエンジニアの提案は,技術や商品の説明に終始してしまうことが多いからである。

表3●プレゼンテーションの心得
表3●プレゼンテーションの心得

 もちろん最終的にはその商品や技術を売ることになるが,提案の目的は「その商品や技術を採用することによって,何がもたらされるのかを示すこと」である。提案を受ける顧客は,問題や課題を解決するのに有効か否かについて意思決定をするためにプレゼンテーションを聞くのであって,単なる商品説明や技術説明では物足りなく感じてしまう。説得と説明の違いを認識してプレゼンテーションをすることが大切である。

 また,プレゼンテーションは時間の制約を考えて実施することが大切である。

 実際の説明会でプレゼンテーションをするときに,重要になるポイントを2つ挙げる。第1は,プレゼンテーションを成功させ,確実に顧客から合意を得るという信念,気構えを持つことだ。失敗したらどうしよう,拙くて恥ずかしい,という気持ちを持たないことである。

 第2のポイントは,聞き手の表情や反応を確かめながらプレゼンテーションを行うことである。たまにスクリーンや資料に目がいったままで,聞き手の反応を確認しない一方通行のプレゼンテーションを見かけることがある。プレゼンテーションで,誰がキーパーソンで,その人がどのような反応を示しているかを確認することは極めて重要なことだ。言い換えれば,キーパーソンの出席していないプレゼンテーションはすでに失敗であるか,やり直しになることは間違いないと言っていい*1

 プレゼンテーションを苦手だとするITエンジニアは多い。しかし,練習の回数と実践の回数次第で苦手意識を払拭できる。プレゼンテーションの知識もある程度必要だが,なによりも“慣れ”がものをいう。